受験と大雪の思い出(東京・神奈川1992/98)
東京・神奈川では中学受験シーズンを迎えた。浪人という選択が不可能な中学受験は本当の一発勝負。「受験戦争」の是非はさておき、受験生(と親御さん)が充分に力を発揮できることをお祈りしたい。僕にとって受験は大雪の記憶とともに残っているーー。
中学受験は雪の記憶
僕が中学受験をしたのは1992年2月のことだ。この年は1月31日夜から関東でも大雪になり、気象庁の記録では東京都で最大17センチの積雪を観測した。
2月1日は都内にある第二志望の中学を受ける予定だった。交通機関の混乱が予想されたため、急遽、新宿のワシントンホテルだか京王プラザだかに母と宿泊した。
とにかく寒い日だった。ほぼ35年経っても思い出す。確か京王線は動いていて、新宿から乗ったが、凄まじく混んでいた記憶がある。(神奈川県藤沢市から出たことない小学生だったので、そんなにたくさん人がいる所は見たことがなかった)。
僕はいまから思えばそれなりに勉強ができたのかもしれないが、受験競争のトップを走ってはいなかった。当時、中学受験組の多くが通っていた「日能研」の試験でも、「うんと手を伸ばせばトップ校に受かるかも」という感じだった。
そういえば、各種テストの成績が貼り出される時代だった。神奈川の田舎にある教室で辛うじて一番上のクラスにいるくらいの成績だった僕は、それなりに勉強に対して苦手意識を持ったし、内向的になっていったのもこの辺りが影響していると思われる。
(ちなみに体を動かすのは大の苦手で、のちに自転車に乗ったり、シュノーケリングをしたりするのを信じない友人もいるほどだ)。
さて、井の頭線(だったと思う)を降りて、学校に向かう。塾のカバンで会場に向かう子供が多かった気がするが、持ち物は全く覚えていない。校門前には学習塾の先生が子供たちの激励で立っていた。
学力的にはボーダーラインすれすれだったが、僕は面接には強かった。両親はそれで面接のある学校ばかりチョイスした。
2月1日に受けた学校は、雪による交通混乱で試験開始が遅れた。僕は時間通りに着いていた。場の雰囲気に呑まれたわけでも、時間変更に動揺したわけでもないが、筆記試験は微妙だった。そして決定的だったのは面接の中止。やはり落ちた。
2月2日は第一志望の受験日。鎌倉市にあるJR大船駅から歩いて学校に向かった。大船観音が出迎える側なのだが、観音様はもちろん記憶にない。
神奈川でも記録的な大雪だったため、道路にはまだかなり雪が残っていた。丁寧に雪かきされていたものの、路面は凍結していたように思う。最後に長い坂。転ばないように慎重に歩いた。
試験の内容はあまり覚えていない。作文を書いたのと面接の雰囲気がよかったことぐらいだ。教室からみた校庭は雪で真っ白だった。その後6年間、あの場所であんな大雪を見ることはなかった。
センター試験も大雪だった
1998年1月17、18日はセンター試験(現在の大学入学共通テスト)の日だった。直前の1月15日に関東で大雪が降った。横浜で20センチ積もり、センター試験の日にもまだ雪が残った。
会場は横浜国立大だった。当時はまだ相鉄線(相模鉄道)の羽沢横浜国大前駅はなく、相鉄の星川駅から歩いて行った。坂が多く、何度か転んだ。
これは色々なところで笑い話として恨み節を言っているが、会場がとにかく寒かった。ストーブがあったが、試験監督(横国の教員?学生?)が独占していた。とにかく寒かった記憶しか残らない。国立大学の施設なんてどこもそんなレベルだと知るのはもう少し後のことだった。
大雪だった中学受験から来年で35年。大学受験からももうすぐ30年。別にそれ自体はいい思い出ではないけれども、少なからず僕の人生の方向を決めた。雪が降ると人生を左右する出来事が起こるかもしれないという淡い期待と緊張を感じるのはそのためかもしれない。
