過去と現在④

ここからだったでしょうか、私の不安障害が大きく体に出始めたのは。



高校三年生の途中まで前回の記事に記しました。

私は高校生の時、バス通学を友達としていたのですが、それが苦痛でしか無かったのです。なんでだか分からないけどお腹が痛くなったり、気分が悪くなって。人が多いせいだと思い、そして合唱部に入ってからしばらく経って私はほとんど誰も乗らない静かな時間帯のバスに乗り、朝早くから音楽室に、顧問の先生や後から来た友達と一緒にいました。その空間が居心地がよかったからです。


しかしある日…私はバスの中で大きく体調を崩してしまいました。気持ち悪くなったのです。たっているのも座っているのもしんどくなって私は学校に着いたなり「これは音楽室に行くのは不可能だ」と感じ、すぐにトイレに駆け込みました。しかしなかなか吐けません。手も体も震え、トイレから出るのが怖い。まだ相談室も空いてないし、どこに助けを求めたらいいか分からずそのままでいたのですが、「母に連絡しよう」と思って母にLINEを送りました。


しかし帰ってきた返事は、「病院やから迎えには行けない」「あんたは大学に合格したできる子や、あんたなら頑張れる!」という返事でした。

ありがたい言葉だとは思うが、そんなこと言われても…と当時は思いました。私は学校のトイレに籠っているんです。あの狭い空間に1人蹲りながら。そんな状態でどうしろというのだと思いました。

とにかく動けなかった私は、相談室の先生に電話をかけ、来てもらうことにしました。数分後、相談室の1人の女性の先生が来てくださって、保健室の先生を呼んでくださりました。幸い、そこのトイレは保健室の隣だったのです。


なら保健室に直接行ったら良かったじゃん
そう思うかもしれません。でも私はそれすらできなかったんです。

保健室の先生が来てくれて、「立てる?」と聞いてくれました。でも私は立てなくて、動けなくて。そしたら車椅子を持ってきてくれました。たった数メートル先の場所に車椅子で行き、しばらくそこで休まさせてもらってから、私は、迎えが来てくれたので早退することになりました。

保健室に居た時は微熱だったのが、家に帰ってからは平熱に下がっていました。私はそういうことがよくあり、親を呆れさせてしまうことが多いんです。それに、親に外に出れない不安を伝えただけで怒られてしまう。なんでなんだろうといつもつくづく思います。


不安を親に伝えたら、
「なんとかしてでも明日学校行こうという気が感じられんわ!」

そんなことまで言われました。こっちの状態をわかってもらいたいものだと思いました。しんどい時にそういうLINEはもっとしんどくなるから。

なのにいつも送られてくるんです。私の家族はみんなわかってくれてないんだろうと思ったりしました。



それが2022年、11月9日水曜日のことでした。




翌日、学校はお休みすることにしました。しかも最悪なことに、タイミングが悪いことに、近々私の校内でクリスマスツリーの点灯式が行われるのに私は体調崩してなかなか参加出来なかったんです。参加したいのに。私の高校はミッション系で、合唱部は全員聖歌隊なるものに入ることになっているんです。


私はこのまま合唱部にいてもいいのか。聖歌隊にいてもいいのか。辞めるべきか。悩みに悩んでしんどくなり、私は顧問の先生にそれを伝えました。

そしたら先生は、


「まず聖歌隊はやめる必要は無いよ。気にしないでいいから。無理ない範囲で途中で帰ってもいい。」


そんな優しい言葉をかけてくださりました。友達も温かく見守ってくれて、私はそこに在籍することを決めました。それをきっかけに私も少しずつ、少しだけでも学校に行こうという気持ちが芽生えてきたような気がします。


なんて恵まれた部活にいさせてもらってるんだろう。練習に参加できなくてもみんなは私を部員として見守っていてくれる。本当にありがたい環境でした。


しかし、この件があってから私は公共交通機関を使うことが苦手になりました。朝登校する時は父の会社の時間に間に合うように7時台には家を出て、音楽室で過ごす。朝休みが終わったら相談室で休む。そんな毎日でした。授業なんてまともに受けていた記憶がありません。

家から車で30分ほどの距離にあるショッピングモールでさえも行けず、着くギリギリになって家族に「ごめん、やっぱり家に帰りたい」などと言って家に戻ることになったり。当時はどこに行くにしても怖くなり、親にも妹にも散々迷惑をかけたなと思っています。



ここまでご覧くださりありがとうございました。いよいよ次がラストになる予定です。ぜひご覧下さい。


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