アラン・ロブ=グリエ「ヨーロッパ横断特急」(1966)と「不滅の女」の補足
「不滅の女」があまりにもよくて心底感心したので、もうロブ=グリエを全部観るくらいの勢いで、第二作の「ヨーロッパ横断特急」もすぐ鑑賞した。
ところが、率直に言って「不滅の女」との落差が激しすぎてちょっとガッカリしてしまった。
「不滅の女」はロブ=グリエの監督第一作なので気合いが入りまくっていたのだろう。
あらゆるショットとモンタージュを練りに練って緻密に計算しているのがヒシヒシと伝わってくる。
ロブ=グリエなのでもっと言葉に頼るのかと思いきや、純粋に映像だけで勝負しているのだ。
さて、この映画の感想をどう書こうかと思い困ってしまった。本当はあらゆるショットとモンタージュ、同一ショットの反復やずれを語りたいのだ。だが、それだと映画ほぼ全部になってしまうので無理だ。
なので、このように印象的なショットやモンタージュの抜粋の列挙という窮余の策の書き方をしてみた。結果的にとても分かりにくかったかもしれない。
・イメージ、表情自体での自立的表現
・モンタージュの凝った手法での時間、空間の歪みや混乱の意図的表現
・同一ショットの頻繁な反復と差異による時間のねじれ
・トルコの風土や人間や小道具を活用した主人公の異邦人性の強調
・トルコの非日常性を暗示、強調するロブ=グリエの効果的なセリフ
これらの手法で、完璧に自立する映画世界を確立するのに成功している。今、映画のオールタイムベスト10を聞かれたら迷わずこれを入れてしまう勢いである。
古い映画で技術的にも限定があるはずなのに、個人的にはまったく古さを感じなかった。
というわけで、この第二作の「ヨーロッパ横断特急」にもいやがうえにも期待が高まった。これは一度昔に観たことがあるのだが、よく覚えていなかった。
だが、改めて観ると「不滅の女」のような凝集した集中力はなかった。そもそも、肩の力を抜いた作品なのだが。
決してつまらなくはない。ロブ=グリエ本人やロブグリエ夫人が本人役でフィクションの映画内に出てきて、映画の内容を検討するというメタ構造を取っている。
フィクションの俳優のジャン=ルイ・トランティニャンと同一画面内におさまったりする。
映画内で脚本を修正しようとしたりする。さらに、現実とフィクションが反転するような仕組みも組み込んでいる。
だが、大切な映画自体のショットやモンタージュは、「不滅の女」と比べると相対的には落ちると感じた。
トランティニャンやマリー=フランス・ピジェという魅力的な役者は出ているし、ショットにロブ=グリエらしいひねりや独自性はあるけれども。
ちょっと、「不滅の女」に感心しすぎた直後なので割引いて聞いていただきたい。「ヨーロピアン・アバンギャルドの最重要作品」という評価も受けているそうなので。
凡百の作品と比べればかなり面白い変わった映像の連続である。
トランティニャンとピジェがSMセックスをするシーンがある。ロブ・グリエ夫人のカトリーヌ・ロブ・グリエはSM小説でも有名な才人だったのも関係しているのかもしれない。
実はu-nextでパゾリーニの「テオレマ」を見終えたら、「不滅の女」をすすめられたのである。だから観たのは本当に偶然だった。こうして類似作品をサブスクで(おそらくAI処理で)知ることができる時代になったとはね。
(追記)アラン・ロブ=グリエ「不滅の女」の脚本
で、この映画について追記しました。

