ヒッピー長髪論1):去勢としてのリクルートカット
序章:去勢としての断髪〜「いちご白書」をもう一度
1. 歌詞に潜む「論理の倒錯」への違和感
1975年、ばんばひろふみ(バンバン)が歌い、時代を象徴するヒット曲となった「『いちご白書』をもう一度」。ユーミン (荒井由実)が作詞・作曲を手掛けたこの楽曲は、学生運動の熱狂が去った後の、空虚な時代の気分を完璧に結晶化させている。
僕は無精ヒゲと髪をのばして
学生集会へも時々出かけた
就職が決って髪を切ってきた時
もう若くないさと
君に言い訳したね
しかし、この歌詞の核心部にある「就職が決まって 髪を切ってきた時」という一節には、「髪を切る」ことの象徴的意味を知る当時の人間の多くが違和感を抱いた。音楽プロデューサーの前田仁が「就職が決まって髪を切るはずないじゃない」と鋭く突っ込んだ通り、社会通念に照らせば、学生は内定を得るため、つまり「就職の面接に臨むために」髪を切って、リクルートカットにするのが順序である。反体制の象徴たる長髪のままでは、企業という「構造」への門戸は開かれないからだ。
この違和感に対し、ばんばは後に「一瞬妙に思ったが、超優秀だから長髪でも内定した、ということにしておこう」と語っている。しかし、このような言い草はいい加減な誤魔化しである。ばんば自身はこのように正しい認識をしている。
当時は、学生運動の象徴であった東大安田講堂事件から6年が経過し、学生運動の高揚と退潮がまだ社会の記憶に残っていた時代であり、ばんばは本曲について「社会を変えるつもりで闘争に加わった学生達は、生活のために会社の歯車となり、彼らは皆何らかの敗北感を持っていた。この歌は挫折感を抱えた同世代への鎮魂歌なんです」と語っており[4]、同世代の者も同じように受け止めている[4]。
ユーミンという作家が捉えていたのも、個人の能力の多寡といった卑近な話ではなく、一つの時代が終わりを告げる際に行われる、残酷なまでの「儀礼的敗北」の光景であったはずだ。
2. 映画『いちご白書』が象徴する「排除」の記憶
曲名に冠された映画『いちご白書』(1970年製作、日本公開同年)を振り返る必要がある。この映画は、1968年に起きたコロンビア大学学園紛争(学生による安田講堂事件とも共鳴する世界的な学園闘争の一翼。「学園紛争」という言い方は体制側からの表現)を描いたジェームズ・クネンの手記が原作である。
映画のタイトルは、大学の総長代理が「学生たちの意見など、イチゴが好きか嫌いかと言っている程度の重要性しかない」と放言したことに由来する。
物語のクライマックス、体育館 (ハミルトン・ホール) に籠城し、円陣を組んで「平和を我らに(Give Peace a Chance)」を歌い(タイトル画像)、非暴力の抵抗を続ける長髪の学生たちの元へ、ガスマスクを装着した警官隊が容赦なく突入する。棍棒が振るわれ、催涙ガスが充満する中で、学生たちの「聖なる領域」は暴力的に解体されていく。
1975年の若者たちにとって、この映画は単なる過去の作品ではなかった。東大安田講堂事件から6年、高揚した季節は過ぎ去り、かつて社会を変えると信じた若者たちは、今や「生活」という現実を突きつけられていた。ユーミンが描いた「就職が決まって髪を切る」姿とは、映画の中で物理的に排除された学生たちの敗北を、今度は自らの手で、自らの身体(長髪)を切り落とすことで完結させる、内面的な「去勢儀礼」だったのである。
3. 「去勢」としての断髪と、体制への帰順
長髪は、かつてジョンとヨーコと親交があり、ヤッピーの思想的指導者であったジェリー・ルービンが「僕らの黒い肌だ」と宣言したように、ひと目で体制への拒絶を示す「反逆のメディア」であった。
その髪を、内定を手にした後に切り落とすという行為は、ばんばが言うような「優秀さ」の証明などではない。むしろ、「私はもはや社会にとって危険な存在ではありません」という、体制側に対する最大限の忠誠誓約であり、自らの内なる「反抗心」を物理的に消去するデモンストレーションだったのである。
長髪を切り落とすことで、彼らは後の章で述べるメアリー・ダグラスの言う「境界を侵犯する力」を喪失し、無個性で清潔な「会社の歯車」という高解像度なホット・メディアへと自らを改変した。この「序章」から始まる論考では、彼らが守ろうとし、そして最後には切り落とさざるを得なかった「長髪」というメディアが、いかに深い文化人類学的・思想的背景を持っていたのかを、各章に分けて考察していく。
