ヒッピー長髪論2):イッピーの身体の政治からジョンとヨーコの陰毛露出デモまで
第一章:身体の最終境界線 〜イッピーの煽動からジョンとヨーコの陰毛デモまで
1. 長髪は「僕らの黒い肌」だ〜イッピーの身体政治

1960年代後半、ジェリー・ルービンはアビー・ホフマンらと共に、ヒッピーの対抗文化に過激な政治性を注入した集団「イッピー(Yippies/青年国際党)」を結成した。
シカゴ・セブン(シカゴ民主党大会での暴動を煽動したとして起訴された7人)の一員にルービンもいた。

ジェリー・ルービンは、「長髪は僕らの黒い肌だ」という名言を残した。この比喩は極めて示唆に富んでいる。
黒人の肌の色が隠しようのないアイデンティティであり、差別の対象であると同時に連帯の証であったように、ヒッピーにとっての長髪は、ひと目で「自分たちが既存の秩序の外側にいること」を暴露する、後天的な皮膚であった。彼らは髪を伸ばすことで、自らを社会の周辺(マージナル)へと追い込み、体制側からの差別をあえて引き受けることで、革命的な主体性を確立しようとしたのである。
ただし、ここで重要なのは、「ヒッピー」と「イッピー」の決定的な違いだ。ヒッピーが社会からドロップアウトし、内面的な平穏やコミューン(共同体)へと向かったのに対し、イッピーは社会の「構造」のただ中に留まり、メディアと演劇的パフォーマンスを駆使して構造を「挑発・転覆」しようとした。
ヒッピーにとっての長髪が自然回帰の象徴なら、イッピーにとっての長髪は、警察官(ブタ)を激高させ、管理社会の偽善を白日の下に晒すための「高度に計算された視覚兵器」であった。
すなわち、1960年代、イッピーの指導者ジェリー・ルービンが宣言した「長髪は僕らの黒い肌だ」という言葉は、白人中産階級の若者が、自らの身体的属性を加工することで、あえて「被差別者」や「アウトサイダー」の側へ自己を投企したことを意味する。 近代社会における「短髪」が、整然とした規律に従う「第二次社会化(学校や軍隊、企業への適応)」の証明であるならば、それを拒絶して伸び続ける髪は、社会化のプロセスに対する身体的なサボタージュであった。
2.第二次社会化への反抗〜ビートルズの長髪
ビートルズが1960年代半ばからエスカレートさせた長髪化は、社会学的な意味での「第二次社会化」に対する反抗であった。学校や職場といった社会組織が要請する「規律ある身体」を拒絶し、髪という境界を曖昧にすることで、彼らは組織人としてのコードを無効化した。
ビートルズの初期の「マッシュルームカット」は、まだ可愛いらしい抵抗に過ぎなかった。しかし、彼らがインド哲学やドラッグ文化を経て髪を伸ばし、髭を蓄え始めた時、それは「若者の偶像」から「構造の攪乱者」への変貌を意味した。
彼らは、社会が期待する「清潔な若者像(=第二次社会化の完成形)」を内側から破壊し、ファンという巨大な集団をリミナリティ(境界状態)へと引きずり込んだのだ。

3. イッピーと共振するジョンとヨーコ〜ベッド・イン
イッピーの「演劇的な政治性」に深く共鳴したのが、ジョン・レノンとオノ・ヨーコである。1971年にニューヨークへ移住したジョンは、ルービンやホフマンと密接に関わり、「自由の監獄」を歌い、彼らの保釈金支援コンサートなどにも参加した。

AI による概要
ジェリー・ルービンは1970年代初頭のニューヨークで、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの政治活動に深く関わったアメリカの急進的な社会活動家(イッピー)です。彼らは反戦運動などを通じて交流し、ジョンとヨーコはルービンを通じて米国の左翼文化に接近しました。一方、ルービン邸での出来事が後のジョンとヨーコの不和に繋がったという側面もあります CREA WEB。
Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)
主な関わりは以下の通りです。
政治的共鳴: ルービンは「イッピー(国際青春党)」のリーダーとして活動。ジョンとヨーコは、彼らのラジカルな反体制思想に共鳴し、ベトナム反戦や政治犯解放運動を支援しました。
活動の共有: 1971年頃、ニューヨークのロウアー・イースト・サイドなどで、ルービンらと共に活動する姿が目撃されています。
個人的なトラブル: 18カ月の別居期間(失われた週末)に繋がる時期、ジェリー・ルービンの邸宅での行動や、彼らとの関係がジョンとヨーコの間の緊張を高めたと言われています。
ジョンとヨーコにとってルービンは、ニューヨーク生活の初期における重要な政治的パートナーであったと言えます。
アルバム・カバーは新聞を模しており、記事は歌詞になっている。アメリカ合衆国第37代大統領のリチャード・ニクソンと中華人民共和国中国共産党中央委員会主席の毛沢東[注釈 9]が裸踊りをする合成写真、一部店舗では女性のヌード・イラストがステッカーで隠されて販売された。アメリカ盤の内袋には"New Army Pay Rise!"という1970年4月1日号「THE SUN」の記事が複写されている。
Live Jamの内袋は、ザ・マザーズ・オブ・インヴェンションのFillmore East - June 1971[注釈 10]のカバーにレノンが自ら手書きで加筆したものが使われている。
アルバムには炬火が拳に代えられた自由の女神像のカード、アメリカ盤にはさらに"National Committee for John & Yoko"への郵便書簡が添付された。
※「ガロ」系の佐伯俊男の漫画・イラストも載っている。ウイキで「一部店舗では女性のヌード・イラストがステッカーで隠されて販売された」と説明されているものだろう。
佐伯俊男:昭和のエロティシズムやグロテスク、アングラカルチャーを描き、月刊漫画誌『ガロ』に通じる退廃的で強烈なタッチが、海外でも高く評価された。
AI による概要『月刊漫画ガロ』(1964年創刊)は、白土三平、つげ義春、水木しげる、佐々木マキなど、前衛的・実験的・オルタナティヴな作風の作家を多く輩出した伝説的な漫画雑誌
。根本敬、山野一、丸尾末広、蛭子能収、ねこぢる等、個性が強くアングラな要素を含む「ガロ系」作家が、日本のサブカルチャーに多大な影響を与えました。
代表的な「ガロ系」漫画家とその特徴は以下の通りです。
伝説的な巨匠・重鎮
70〜80年代の個性派・サブカル系
その他の特徴的な作家
ガロ系作品は、「下手ウマ」「不条理」「耽美・猟奇」「シュール」といったキーワードで表現され、日本の漫画表現の幅を大きく広げたと言えます。

彼らの有名な「ベッド・イン(Bed-In for Peace)」は、まさにイッピー的な手法――つまり、メディアの注目を逆手に取り、プライベートな寝室という「身体の空間」を世界規模の「政治的広場」に変えるハッキングであった。

4.第一次社会化への揶揄〜トゥー・ヴァージンズ
ジョンとヨーコの「全裸」でのアルバムジャケットによる示威行為は、さらに深い「第一次社会化(家庭内での基本的しつけ)」への異議申し立てであった。
衣服という文明の外装を脱ぎ捨て、最も原始的な身体をさらけ出すことは、キリスト教的二元論や近代的な「恥」の概念を根底から覆す、アニミズム的な回帰であった。彼らの身体は、文明の「困苦離塔(コンクリート)」を突き破り、大地と共振するためのメディアとなった。
彼らは単に裸になったのではない。文明が最も執拗に隠蔽し、排泄や性と結びつけて管理しようとする「陰毛」を晒したのだ。
これは、リン・ホワイトが批判したキリスト教を思想的支柱とする「神の似姿としての人間が自然を支配・搾取し、神の秩序下に置こうとする文明・西洋近代の人間中心主義」への、身体による最底辺からの反逆であった。
第一次社会化(排泄と羞恥の教育)によって去勢された大衆に対し、彼らは「毛」という野性を突きつけることで、構造化される前の「生の身体」を再召喚した。
それは、社会の規律が最も厳格な「身体の開口部と毛」にこそ聖なる力が宿ると説いたメアリー・ダグラスの「象徴的身体論」(次章)を、彼らが直感的に実践していたことの証明である。

