見出し画像

診断も手帳もないのに、いちばん追い詰められる人——発達障害「グレーゾーン」が職場でこぼれ落ちる理由

「障害というわけではないんですが、なんというか、合わなくて」。

採用担当者や現場の管理職から、こういう相談を受けることがある。診断はついていない。手帳もない。それでも本人は明らかに何かに困っていて、周囲も対応に困っている。

そして話は、たいていこう続く。「障害なら配慮もするんですけど、そうじゃないなら、本人に頑張ってもらうしかないですよね」。

この一言の中に、いま職場で人をこぼし落としている構造が、まるごと入っている。

「発達障害を理解する」と聞くと、多くの人は特性を覚えることだと考える。あいまいな指示が苦手、複数の作業を同時に進めにくい、聴覚より視覚のほうが入りやすい——そういったリストだ。書店にもネットにも、その手の解説はあふれている。

だが、現場でいちばん人を追い詰めているのは、特性そのものではない。診断がつくかつかないか、手帳があるかないか、その線のどちら側にいるかで、配慮を受けられるかどうかが決まってしまう運用のほうだ。

この記事は、その線引きを疑うために書く。



「障害ではない」という判定が、いちばん人を宙づりにする

発達障害の「グレーゾーン」という言葉がある。特性の傾向は見られるが、医学的に診断を下すには至らない状態を指す。専門の医療機関でも「傾向はあるが診断はつかない」と言われることは珍しくない。決して、ごく一部の特殊な人の話ではない。

メガネが必要なほどではないけれど、少し見えづらい。そういう状態を思い浮かべるとわかりやすい。視力検査で「異常なし」と言われても、本人は黒板の字が読みにくい。席を前にする、照明を少し足す。それだけで楽になるのに、「異常なし」という判定がついた瞬間、その小さな調整は「わがまま」に分類される。診断書がないものは、困りごととして扱われなくなる。

グレーゾーンの人が職場で直面しているのは、これと同じ構造だ。診断がつかないから、障害者手帳は取れない。手帳が取れないから、障害者雇用の枠には応募できない。結果として、障害のない人とまったく同じ一般枠で、同じ評価基準のもとで働くことになる。配慮を前提にした採用ではないから、配慮は制度として保証されない。かといって、困りごとが消えるわけでもない。

つまり、彼らはどこにも属せない。障害者雇用という枠の中にいれば受けられたはずの配慮の外側にいて、しかし「普通に働ける人」として扱うには無理がある場所に立っている。本人を追い詰めているのは、不注意やこだわりといった特性そのものより、この「宙づり」のほうだ。

しかも厄介なことに、本人自身が自分の状態を説明できない。発達障害のある人にとって、自分の特性に名前がつくこと——「自分はこういうところがあるから、こういうやり方が合っている」と理解できること——は、働き続けるうえで大きな支えになる可能性がある。

逆に、その名前がないまま「なぜ自分は人並みにできないのか」とだけ問い続けると、行き着く先は「努力が足りない」という自己批判だ。グレーゾーンの人は、まさにその名前を持てない場所にいる。医者からは「診断はつかない」と言われ、職場からは「障害じゃないなら大丈夫だよね」と言われる。どちらからも、自分の困りごとに名前を与えてもらえない。


「障害じゃないなら、できるはず」——その線引きが現場で起きていること

ここで、企業側に根を張っている思い込みを取り出しておきたい。診断や手帳がある人は配慮の対象、ない人は対象外。この線引きである。一見もっともらしいが、現場で起きていることを見ると、この線がいかに乱暴かがわかる。

たとえば、求人開拓の電話で「うちはエレベーターがないので無理です」と断られたことがある。紹介しようとしていたのは精神障害のある人で、エレベーターの有無とは何の関係もない。これは意地悪で言っているのではない。障害の種別ごとの違いがわからないから、とにかく断るための理由として、手近な言葉が出てくる。企業の担当者が障害について基礎的な知識を持っていないことは、それほど珍しくない。「障害かどうか」を入口にした瞬間、判断は知識量に左右され、こうしたズレた線引きが起きる。

診断がつかないグレーゾーンの場合、ズレはもっと深いところで起きる。

「やる気がない」「なまけている」と見られていた人について、実は発達の特性が背景にあったとわかる場面がある。そう企業に伝えると、返ってくる反応の多くは安心ではなく、「特性なら、仕方ないですね」という諦めだ。「わかった、だから一緒に工夫しよう」ではなく、「もう変わらないんですね」という方向に着地してしまう。診断という名前がつくと、今度はそれが「できない理由」のラベルに変わる。

グレーゾーンの人は、この「特性」というラベルすら貼ってもらえない。「なまけ」のまま放置される。そして、「なまけ」だと思われている時点で、その人と職場のあいだのやりとりは、すでに壊れている。困りごとを相談しても「気のせい」「みんな同じ」と返され、ミスをすれば「気合いが足りない」と片づけられる。本人は次第に口を閉じる。

ここにあるのは、特定の上司が冷たいとか、本人の能力が低いといった話ではない。「配慮の入場券は診断書である」という思い込みが、職場の判断を縛っている。診断という関所を通った人だけが配慮の世界に入れて、通れなかった人は門前で「自己責任」として扱われる。悪いのは関所を作っている思い込みのほうであって、門の前で立ち尽くしている本人でも、門番をしている担当者でもない。



配慮の入場券は、診断書ではない

では、この関所をどう外すか。出発点は単純な事実の確認だ。配慮を始めるのに、手帳も診断書も要らない。

働く人の健康と安全に配慮することは、労働契約法が会社に求めている義務だ(いわゆる安全配慮義務)。これは手帳のあるなし、診断のあるなしを問わない。すべての労働者に対する会社の責任である。

困っている人がいて、その困りごとに手を打てば不調や離職を防げると見えているなら、手を打つ。診断名が出るのを待つ理由はどこにもない。合理的配慮という言葉は、障害者雇用の文脈で語られることが多い。だが、その手前にある「困っている社員の働きやすさを整える」という営みに、診断は前提条件ではない。

そして、配慮が効くかどうかを決めているのは、配慮の「種類」ではない。職場と本人のあいだの関係の質だ。

合理的配慮について、海外の大規模なデータと日本の調査が、そろって同じことを指している。配慮の多くは、ゼロコストか、かかっても数百ドル程度の低コストで実現できる。そのうえで定着率の改善や離職コストの削減につながる。費用対効果でいえば、経営が身構えるほど高い買い物ではない。

にもかかわらず配慮が機能しないのは、メニューが足りないからではない。最大の壁は、本人が「自分は困っている」と打ち明けられないことのほうにある。

日本の調査が、この壁の高さを生々しく示している。採用面接の時点で「配慮は必要ない」と答えた視覚障害のある人が三分の二にのぼる一方で、入社後に「本当は支援が必要だった」と振り返った人は八割近かったという報告がある(指田ほか、2019年)。手帳を持ち、障害者雇用の枠で採用された人ですら、最初は「配慮は要りません」と言ってしまう。打ち明ければ「コストのかかる人」「面倒な人」と見られるかもしれない。その恐れが、開示をためらわせる。

診断も手帳もないグレーゾーンの人にとって、この壁はさらに高い。打ち明けたところで、「診断もないのに何を言っているのか」と取り合ってもらえないかもしれない。むしろ「言い訳をする人」という評価がつくリスクのほうが大きい。だから黙る。黙れば、困りごとは存在しないことになる。存在しないことになれば、当然、何も整えられない。整えられないまま、一人で抱え込んで消耗していく。

精神障害のある人が就職して一年後に職場に残っている割合は、半分を切る。離職の理由として最も多いのは、症状の悪化ではない。職場の人間関係だ。「病気だから辞めた」という説明は、組織が自分の設計の問題から目をそらすための、都合のいいラベルになりやすい。

グレーゾーンの人が辞めていくときも、おそらく同じことが起きている。「本人が合わなかった」で片づけられた離職の多くは、困りごとを打ち明けられる関係が職場になかった、というだけの話だ。

診断を入場券にする運用は、この壁をさらに高くする。「まず診断を取ってきてください、話はそれからです」という構えは、本人にいちばん高いハードルを最初に課しているに等しい。



「要領が悪い」の奥にある、ひとつの場面

診断を待たないとして、では何から始めるのか。答えは、診断名の代わりに「具体的な困りごとを、ひとつ特定する」ことだ。抽象的に聞こえるかもしれないので、よくある場面で考えてみたい。

事務職のある社員について、上司がこう言う。「いくつも頼みごとが重なると固まってしまって、優先順位がつけられないんです」。要領が悪い、で片づけてしまえば、そこで話は終わる。

だが、「どんなときに固まりますか」と場面を一つずつほぐしていくと、輪郭が変わってくる。固まるのは、口頭で立て続けに頼まれた直後だけだった。同じ依頼でも、一覧にして渡されたときや、一件ずつ間を置いて頼まれたときは、ちゃんと動けている。だとすれば、打つ手は見えてくる。頼みごとは一度に一件にするか、短いメモやチャットで残して渡す。それで止まらなくなる。本人も「いっぺんに言われると、最初の一件で頭がいっぱいになって、後の話が入ってこないんです」と、自分の状態を初めて言葉にできた。

ここに、診断名は一度も出てこない。手帳の話もしていない。やったのは、「優先順位がつけられない」という見え方の奥にある、具体的な場面——口頭で複数の依頼が重なった直後——を、一つ特定しただけだ。

この特定には、聞き方の順序がある。いきなり「なぜできないの」「どう思っているの」と気持ちや理由から入ると、相手は責められていると感じて身構える。先に事実を整理するほうがいい。「それはいつ起きますか」「どんな場面で起きますか」「いつもですか、それとも特定の状況だけですか」。こうして起きていることの輪郭をはっきりさせてから、「そのとき、どう困りますか」と意味に進む。順番を逆にしないことが、相手の口を閉じさせないコツになる。

これは、ふだんの業務指示や引き継ぎの会話の中でできることだ。仕事を渡すとき、その人がどの場面でつまずきやすいかを一つ聞いておく。データ入力なら、どの種類の入力で手が止まるのか。検品なら、どの工程で迷うのか。業務の具体的なところまで降りれば、打てる手はたいてい小さい。渡す順番を決める、口頭の指示を短いメモにする、聞いていいタイミングを一つ決めておく。どれも、明日の段取りを少し変えるだけのことだ。

診断を確かめるより先に、困りごとをひとつ特定する。来週の自分の現場で、次に誰かに仕事を渡す場面から始められる。

診断の有無で線を引く会社が、見落としているもの

ここまでグレーゾーンの話をしてきたが、困りごとから入るという構えは、グレーゾーンの人だけに効くものではない。

考えてみれば、診断のつかない困りごとを抱えているのは、特定の誰かだけではない。子どもの体調で何日も眠れていない人。介護で気持ちがすり減っている人。年齢とともに、以前は難なくできたことに時間がかかるようになった人。異動してきたばかりで、その部署の暗黙のルールがまだわからない人。誰もが、人生のどこかの局面で「診断はつかないが、いつもどおりには動けない」状態を通る。診断を入場券にする職場は、こうした人たち全員を、配慮の外側に置いている。

逆に、困りごとからほぐすやり方が職場の習慣になれば、その恩恵は障害のある人に限らない。早朝の指示系統を整えれば、新人も、たまたま早番に入ったベテランも助かる。手順を見える形にすれば、引き継ぎが楽になり、特定の人しかわからない仕事が減る。一人のために整えた環境が、結果としてチーム全体のつまずきを減らす。歩道の段差を削る切り下げが、車いすの人のためだけでなく、ベビーカーや台車を押す人すべてを助けるのと同じことだ。個別の配慮は、特別な人への特別扱いではなく、組織の足腰を強くする投資になる。

そう考えると、診断を待つ会社が失っているものの大きさが見えてくる。「障害かどうかはっきりしてから」と判断を保留しているあいだに、本人は黙って消耗し、やがて辞めていく。

半年後、退職届には「一身上の都合」とだけ書かれている。上司は理由を聞けなかった。本人も言わなかった。会社はまた同じ求人を出し、同じ説明会を開き、同じ研修をやり直す。失われたのは一人分の人件費ではない。その人がいれば回っていたはずの仕事と、育てかけていた時間と、次に同じ立場の人が入ってきたときに活きたはずの経験だ。

正直に言えば、どこからがグレーで、どこからが線の内側なのか、支援に長く関わってきた人間でも、その線をきれいに引けたためしはない。線が引けないものを無理に引こうとするから、こぼれる人が出る。

だとすれば、問いを変えたほうがいい。「この人は障害なのか、そうでないのか」ではなく、「この人は、どの場面で、何に困っているのか」。次に「あの人、ちょっと合わないな」と感じたとき、診断名を探しにいく前に、その一点を本人と確かめてみてほしい。線を引くのをやめて、困りごとをひとつ拾う。それだけで、こぼれずにすむ人がいる。



最後に、この記事を読んでくださったあなたへ。

障害者雇用や職場の対話について、私はこのnoteで、現場で見てきたことを書き続けています。制度の正解を配るためではなく、企業の担当者も、働く本人も、どちらも責めずに済む見方を一緒に探すために書いています。一人で「これは配慮すべきなのか、わがままなのか」と抱え込んでいる担当者が、少しでも判断の足場を持てるように。

もし読んでいて、自分の職場のあの人の顔が浮かんだなら、フォローして続きを読んでもらえたらうれしいです。診断のつかない困りごととどう向き合うか、面談で何をどう聞くかといった、もう一歩踏み込んだ話も書いていきます。記事が役に立ったら、スキ(♡)を押してもらえると、どんなテーマが届いているかの手がかりになります。

自社の状況にそのまま当てはめにくい、判断に迷う、という場合は、プロフィールの「クリエイターへのお問い合わせ」からご相談ください。
そして最後に。「障害かどうか」という線引きは、制度や医者に委ねていい。けれど、目の前の人の小さな「詰まり」に気づけるのは、毎日となりで働いているあなただけです。

(※障害者雇用の枠で働く人の定着については、別記事「精神障害者の1年後定着率は50%を切る——『職場の人間関係が理由』というデータが教えていること」でも触れています。あわせて読んでもらえたら。)


いいなと思ったら応援しよう!