精神障害者の1年後定着率は50%を切る——「職場の人間関係が理由」というデータが教えていること
採用が終わった瞬間、人事担当者の肩から何かがおりる。
法定雇用率の達成、経営への報告、長かった選考プロセス。ようやく一区切りついた、という安堵感。多くの担当者が、ここを「ゴール」と感じている。
しかし数字は、その先に問題があることを示している。
障害種別ごとの職場定着率のデータを見てほしい(独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「障害者の就業状況等に関する調査研究」より)。
就職から1年後の定着率は、身体障害で60.8%、知的障害で68.0%、発達障害で71.5%。そして精神障害は「49.3%」——半数が1年以内に離職している。

他の障害種別と比較したとき、この数字の低さは際立っている。障害の重さではない。採用の難しさでもない。精神障害のある人を雇用した職場で、1年以内に半数が去っているという事実だ。
なぜ、そうなるのか。
「職場の人間関係が原因」というデータを、正確に読む
精神障害者の離職理由を調べたデータがある。離職理由の分類で最も多いのは「個人的理由」(56.5%)で、その内訳の1位は「職場の雰囲気・人間関係」だ(厚生労働省「障害者雇用実態調査」より。最新版でも同傾向が確認されている)。
この結果を読んだ担当者の多くが、こう感じる。「うちの職場は人間関係が特別悪くはないと思う」と。
それは、おそらく正しい。
「問題のある職場だから起きる」のではなく、「特段問題のない職場でも起きる」——ここが、このデータを読む上で最も重要な点だ。「酷い職場」の話ではない。普通の職場で、普通に起きていることを指している。
では、普通の職場で、何が起きているのか。
人が職場で「安心して話せるかどうか」は、職場の雰囲気や関わり方の積み重ねによって形成される。一度や二度の誠実な問いかけで変わるものではなく、日常の関わりの総体として育つものだ。
特に、過去の職場や生活の中で傷ついた経験が積み重なってきた方にとって、新しい職場でも「ここも安心できないかもしれない」という感覚は自然に生まれやすい。これは意志の弱さでも、障害の重さでもない。そうした経験を持つ割合が高いのが、精神障害のある方の現実だ。
「話しかけても大丈夫です、と言うだけ」「何度聞いても同じことを繰り返す」「表情が変わらない」——こうした状態は「話す気がない」のではなく、「ここで話すことへの不安が、まだ解けていない」サインとして受け取ることが先決だ。なぜ人はこの状態に入るのか、その仕組みには名前があるが、それは別の機会に書く。
担当者が悪いのではない。職場の「話せる雰囲気」が、意図的に設計されてこなかっただけのことだ。
離職の前に起きていること——定着できない職場の3つのパターン
支援現場での観察を通じて、精神障害のある方が離職に至る前に、共通したパターンが見えてきた。
【「大丈夫ですか」が届かない状態が続く】
「何か困っていることはないですか」「最近どうですか」——担当者は誠実に問いかけている。しかし返ってくるのは「大丈夫です」「特にないです」という言葉だ。
問題がないから、こう答えるのではない。「話しても状況が変わらない」「話すことでリスクが生じるかもしれない」という感覚から、「大丈夫です」が定型化していく。
厄介なのは、「大丈夫」という言葉が担当者に「問題はない」という誤ったシグナルを送り続けることだ。静けさは安定ではなく、不可視化のサインでありうる。
【小さなすれ違いが、蓄積する】
指摘、注意、修正のお願い——どれも業務上の必要から生まれている。しかしそれが積み重なると、「この職場で呼ばれる=何かを言われる」という反応パターンが定着していく。
就労支援の現場で、こんな場面があった。問題行動が続くとされていた方の面談に同席したとき、本人は呼ばれた瞬間から身を固めていた。担当者の言葉が始まる前から、既に身体は「また怒られる」という状態に入っていた。
悪意ある指摘ではない。むしろ担当者は誠実に、改善を願っていた。指摘の積み重ねそのものが、対話を成立しにくくする関係をつくっていた——それだけのことだ。
【職場が「通常運転」のまま、本人だけが孤立していく】
「特に問題は出ていない」という職場側の認識と、「実はかなりしんどい」という本人の感覚が、ずれ続けていく。
問題行動がない、欠勤もない、業務もこなしている——見える形での異変がないため、職場は「うまくいっている」と判断する。しかし本人の内側では、小さな限界が積み上がっている。ある日突然「もう続けられない」という形で表面化するとき、職場側は「なぜ急に?」と感じる。
急ではない。ただ、見えていなかっただけだ。
今も頭から離れない場面がある。
双極症のある男性が働いていた職場は、「こんなに優秀な方が来てくれた」と非常に喜んでいた。彼は快活で誰よりも明るく働き、「障害のない他の社員と比べても高い」という評価だった。問題など、何もなかった。
ある日突然、彼から一切の連絡が取れなくなった。出勤もなく、そのまま退職という形になった。
企業は「なぜ急に」と混乱した。しかし後から振り返ると、彼が「普段より明らかに元気すぎる」という時期があった。それが、限界のカウントダウンだったことを、私は当時気づくことができなかった。
「問題のない職場で起きる突然の離職」は、こういう積み重ねの先にある。よかれと思って期待をかけ続けた結果として。
定着している職場と、そうでない職場の違い
職場のタイプの差は、支援者として関わる中で繰り返し目の当たりにしてきた。
定着が難しくなる職場には共通した特徴がある。対話のきっかけが担当者からではなく、本人からだけに求められている。人事と現場の連携が薄く、「あとは現場でお願いします」という形になっている。入社後の関わりが、事務手続き的な確認にとどまっている。
一方、定着が続く職場は違う。担当者が「うちの社員が最近こういう様子で」と能動的に話してくる。本人の状況を「問題として報告する」のではなく、「一緒に考えたいこととして共有する」という姿勢がある。困ったことが起きたとき、まず支援者に連絡してくるのではなく、本人と話を持つ。
その職場では、障害者雇用のための「特別な対話」ではなく、普段から社員みんなと話す文化がある。本人への対話が「特別扱い」ではなく、職場全体の当たり前として機能している。
就労支援の現場で象徴的だと感じる言葉がある。
定着が進む職場の担当者は「うちの社員が〜」と言う。定着に苦労する職場の担当者は「その障害のある方が〜」と言う。
言葉遣いの話ではなく、職場がその人をどこに位置づけているかの現れだ。
「職場の雰囲気・人間関係」が離職理由のトップであることの意味は、ここにある。特別にひどい職場の話ではない。「自分はここで一員として扱われているか」という感覚の問題なのだ。
採用後の1年間で、何を優先するか
精神障害者の定着率が他の障害種別と比べて低い理由は、精神障害という診断名にあるのではない。職場環境の「安全感」が、精神障害のある方にとっては特に大きく影響するということだ。
「これをやれば解決する」という手順があるわけではない。場の安全感は、特定の対策で作られるものではなく、日常の積み重ねから生まれるからだ。
ただ、確認できることはある。
面談は「問題を把握する場」として設計されていないか。担当者との会話が、本人にとって「また何かを言われる場」として記憶されていないか。入社後の最初の数ヶ月、担当者は「問題の有無」以外で本人と話していたか。
そして、こんな問いを持って採用後の1年間を振り返ってほしい。
その社員は今、「ここは自分がいていい場所だ」と感じているか。
この問いに自信を持って「はい」と言えるなら、定着のための土壌は育っている。答えに詰まるなら、それが今できることの出発点になる。
採用はゴールではない。採用後の1年間こそ、職場が問われる時間だ。
このnoteでは、障害者雇用と職場対話のテーマを、現場からの視点で発信しています。担当者がひとりで抱え込まなくていいように——気になるテーマがあればフォローをお願いします。
具体的な「場の安全」の作り方や、入社後の1on1の進め方については、以下の実践ガイドで詳しくまとめています。この記事とセットで読むことをお勧めします。
