精神障害者雇用の受け入れ体制——「完璧な人」を探す前に、職場側で整える設計
採用の合否を決める会議で、こういう言葉が出ることがある。「悪くはないんだけど、まだ準備が足りない気がする」。
自己紹介はできる。ただ、自分の体調の波をどう説明するかは曖昧で、困ったときにちゃんと相談してくれるかも読めない。だから今回は見送って、次の人を待とう。
この判断は、たいてい正しく感じられる。安定して働けそうな人、困ったら声を上げてくれそうな人を選びたい。当然だ。
ただ、この「もう少し完璧な人を待とう」を重ねた職場は、求人の間口が年々狭くなっていく。実習を必須にし、支援機関の同行を条件にし、非公開求人でいいところだけを探す。そして狭くしたぶんだけ定着が良くなったかというと、その手応えはあまり返ってこない。
なぜ、本人に求める水準を上げても、定着はそれほど変わらないのか。
この問いに、1,000社を対象にした調査が一つの手がかりを出している。ただしそれは「もっと厳しく見極めろ」という方向ではない。むしろ逆を指していた。
企業が精神障害者に求める「8つの条件」、その準備は本人任せになっている
マイナビキャリアリサーチLabが従業員40人以上の企業1,000社に行った調査で、精神障害者の採用にあたって企業が重視する「本人側の条件」が8つに整理されている。障害の自己理解、自己管理、主体性・前向きな姿勢、自己開示、周囲への相談、業務とのマッチング、フィードバックの受け止め、コミュニケーション。このうち最も多くの企業が挙げたのは「主体性・前向きな姿勢」で、52.6%だった。
8つを眺めて、多くの人事担当者は「わかる」とうなずくと思う。どれも、長く働いてもらううえで確かに欲しいものだ。
見落とされがちなのは、この8つがすべて「本人が持って来るべきもの」として並んでいる、という点だ。自己理解も、相談する力も、前向きさも、採用の入口で本人が用意しておく前提になっている。
そして採用される側の準備も、同じ方向を向いている。当事者向けの就職支援では、「自分の状態を説明できるように棚卸ししておこう」「配慮してほしいことを具体的に伝えよう」「前向きに働く意志を示そう」と教える。良い助言だ。
だが結果として、企業も、支援機関も、本人も、全員が「入社の前に本人が仕上げておくもの」として同じ条件を見つめている。8つの重さが、まるごと採用面接という一点に集まっている。
その一点に集めた見立てが、どこまで当たるのか。ここに調査のもう一つの数字が効いてくる。
経験を積んだ企業は、8つのうち6つを「求めなくなっていた」
同じ調査で、精神障害者の雇用経験がある企業とない企業を比べている。すると、8つの条件のうち6つで、経験のある企業のほうが「重視する」と答える割合がはっきり低かった。自己理解、自己管理、相談する力、業務とのマッチング、フィードバックの受け止め、コミュニケーション。この6つを、経験を積んだ企業は入口でそこまで見なくなっていた。
注意したいのは、これは「採用するかどうか」の基準の話ではなく、「何を重視すると答えたか」の差だという点だ。経験企業が採用のハードルを下げて雑に採っている、という話ではない。それでも、6つの条件への視線が明確に下がるのは、偶然ではない。
なぜ手放せたのか。答えは単純で、この6つが「選考で測るもの」ではなく「入社後に職場側で育つ・引き受けられるもの」だと、経験のなかでわかったからだ。
採用面接は、一度きりの第一印象だ。初対面の30分で人となりを判断し、あとで一緒に働いてみると印象がずれる。これは障害の有無に関係なく、誰もが経験している。面接で流暢に自己管理を語れた人が入社後に崩れ、うまく言葉にできなかった人が淡々と続く、ということは普通に起きる。第一印象の精度には限界があり、自己管理も相談も、実際の業務の流れのなかでしか本当のところは見えない。
だから経験を積んだ職場は、この6つを入口で見極めようとするのをやめて、入社後の設計側に移した。
たとえばデータ入力の仕事なら、手順を書き出して確認のタイミングを決めておけば、自己管理の多くは仕組みが肩代わりする。製造ラインの検品なら、迷ったときに誰へ聞くかを最初に決めておけば、相談する力は本人の性格ではなく動線の問題になる。
業務とのマッチングも、完成した適性を探すより、短い区切りで任せて調整するほうが早い。入社前に完璧な配慮を一枚の設計図として固めようとするから無理が出る。受け入れは、完成した家を建ててから住むのではなく、住みながら直していく作業に近い。
ここに、多くの職場が採用でつまずく構造がある。受け入れ後に職場側で用意すべき設計の不足を、「本人の準備不足」として読み替えてしまう。
完璧マッチング信仰とでも呼ぶべきこの読み替えは、担当者の怠慢ではない。前例がなく、失敗が怖く、社内に受け入れの型がないと、人はどうしても「もっと仕上がった人が来れば解決する」と考える。だが仕上がった人を待つほど間口は狭くなり、受け入れの型はいつまでも育たない。

では、経験を積んでも手放されなかった2つは、何が違うのか。
手放さなかった2つ。「前向きさ」と「開示」は、本人が持ってくるものではない
経験の有無で差がつかなかったのは、「主体性・前向きな姿勢」と「自己開示」の2つだった。前者は、そもそも8つのなかで最も多くの企業が挙げた条件でもある。経験を積んでも、この2つだけは重視の度合いが下がらない。
ここだけを見ると、「やはり最後は本人の意欲と正直さだ」という結論になりそうだ。だが、この2つこそ、本人が入口で持参できる性質のものではない。
前向きさから見ていく。フレデリック・ハーズバーグが整理した二要因理論では、仕事の不満をなくす条件と、仕事の満足を生む条件は別物だとされる。給与や労働条件、そして多くの合理的配慮は、不満を取り除く側に属する。ここを整えても、人は「辞めないでいる」だけで、自分から前に出て働くわけではない。
前向きさは、達成や承認、任される手応えといった、満足を生む側の条件がそろって初めて出てくる。配慮は「辞めない」をつくり、評価は「頑張りたい」をつくる。別々のスイッチなのだ。
つまり前向きさは、採用面接で在庫を確認する項目ではない。入社後に、任せ方と手応えの返し方を職場が設計して、そこから引き出すものだ。過剰に守って簡単な作業だけを渡し続ければ、いちばん前向きだった人からやる気は抜けていく。意欲は資質ではなく、環境がつくる状態に近い。
自己開示はもっとはっきりしている。人は、話しても扱いが変わらなかったと学べば、次から話さなくなる。逆に、一度打ち明けた困りごとに具体的な調整が返ってきた経験があれば、次はもう少し早く言えるようになる。開示は、安全だと確かめたあとに起こる。安全がまだ確かめられていない採用面接の時点で、詳しい開示を求めるのは、順番が逆だ。
しかも開示には非対称がある。企業側は「何ができて何が難しいか教えてほしい」と言うが、打ち明けるリスクを負うのは本人だけだ。開示は一方通行で、言った側にだけ跳ね返る余地が残る。この非対称を無視して「もっと自分から開示してくれれば採用しやすいのに」と考えるのは、リスクを本人に片寄せしたまま完成度を求めているのに近い。
もちろん、就労支援機関が間に入って情報を整理し、伝え方を一緒に組み立てることは有効だ。ただそれも、開示を本人ひとりの課題から、職場と支援者を含めた設計の問題へ移す営みとして機能したときに効く。開示の準備を本人に丸投げした状態のままでは、間に誰が入っても順番は変わらない。
前向きさも開示も、入口で在庫を数える条件ではなく、受け入れたあとに職場が引き出す状態だ。手放されなかった2つは、実は「本人が持参する資質」の代表ではなく、「職場側の設計がいちばん問われる領域」だった。

受け入れ設計とは、選考基準を「職場側の設計」に翻訳し直すこと
ここまでを一つの見方にまとめる。企業が本人に求める8つの条件は、「本人が入口で持って来るべきリスト」ではなく、「入社後、自社の誰が、どの場面で引き受け、育てる項目のリスト」として読み替えられる。6つは受け入れ側の設計項目に、2つは選考で測るのをやめて職場が引き出す領域に。
受け入れ設計とは、この読み替えのことだ。選考基準を、職場側の設計へ翻訳し直す。それだけのことに、案外たどり着けない。
翻訳のために、新しいシートを作る必要はない。むしろ多くの職場では、追加の帳票は書く人がいなくて運用されない。使うのは、すでにやっている合否の会議だ。「準備不足」を理由に見送りかけた候補が出たとき、判断を下す前に一度だけこう問う。これは本人の準備不足なのか、それとも自社の受け入れ設計の不足なのか。
たとえば「困ったときに相談できるか不安」という懸念が出たとする。それは本人の相談する力の問題なのか、それとも、入社後に誰へどのタイミングで聞けばいいかを自社がまだ決めていないだけなのか。仕分けてみると、そのかなりの部分が後者、つまり職場側でこれから用意する項目だと気づく。この問い一つで、見送りかけた候補の像が変わることは珍しくない。
この設計が効くのは、精神障害のある社員に対してだけではない。手順の書き出し、相談先の明確化、短い区切りでの任せ方と調整は、そのまま新卒のオンボーディングや、中途入社者、異動してきた社員の立ち上がりにも効く。属人化していた「見て覚えろ」を、誰でもたどれる受け入れの型に変えるからだ。一人のための設計が、結果としてチーム全体の立ち上げコストを下げる。完璧な人を探すコストを、受け入れの型をつくるコストに振り替える、と言い換えてもいい。
逆に、この翻訳をしないまま「完璧な人待ち」を続けるとどうなるか。半年後、また合否の会議で「悪くはないが準備が足りない」という同じ言葉が出て、また見送る。求人の条件はさらに一つ増える。その一年のあいだ、採用にかけたコストは職場に何も残さず、受け入れの型もできないまま、次の採用でまた同じ会議を繰り返す。狭めることでリスクを避けているつもりが、受け入れる力そのものが痩せていく。
正直に言えば、8つのうちどこまでを選考で見て、どこからを受け入れで引き受けるか、その線引きに絶対の正解はない。職種によっても、職場の余力によっても動く。それでも、線を引く場所を「本人の完成度」から「自社の設計」へずらすだけで、見えてくる候補は変わる。
求人を出す前に、自社が本人に求めている条件を一度そのまま書き出して、この一線で眺めてみてほしい。そのうちのいくつが、本当に入口で必要なものだろうか。完璧な人を探すほど、受け入れは下手になる。間口は、狭めるのではなく、引き受ける設計で開くものだ。
※本記事の調査数値は、マイナビキャリアリサーチLab「精神障がい者雇用で企業が重視する『本人側の要素』『職場側の要素』」(従業員40人以上の企業1,000社対象)に基づく。「重視すると答えた割合の差」であり、採用可否そのものを示す数値ではない点に留意。
障害者雇用の受け入れは、担当者が一人で抱え込むほど、完璧な人待ちに傾いていく。
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