再び文章の、質の話。
昨日はジャンルによって適した文体に意思ないと、読者はノイズを感じるよね、という話をした。
「ノイズがない文章」が「質のよい文章」だと仮定して。
文体さえジャンルに適していれば、ノイズはなくなるのか。きっとそれだけではない。
例えば、長い文章。
今私はものすごく意識的に短い文章を書くように心がけているわけだが長い文章を書こうと思えば書けるわけで、そうなってくると何が問題かというと主語と述語を代表するような文章のねじれが発生したり、よくわからない並列をしたりするようになって大変危険なわけです。
うん、めちゃくちゃ読みにくい。
ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんは、句読点で人は呼吸をしていると教えてくれた。
「長い文章はaikoのカラオケみたいになる」。息継ぎいつしてんの?という状態になるのだ。長くても一文60文字。私もその教えを守っている。
自分の書いた文章を削って削って。いかにわかりやすく届けるか。ライターに必要な技術だ。
ここまで書いて思う。
文体にしろ、文章の長さにしろ、「読みやすさ」を体現するには、テクニックが重要なのではないか。
つまり、文章の「質がよい」、とは「読みやすい」テクニックを駆使して書かれていることではないだろうか。
今日の私がたどり着けた結論はここまで。
違う意見もあったら聞いてみたいです。
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