祝祭の果てに響く音色 - もうひとつの「国宝」:原摩利彦 feat. 井口理『Luminance』|感情の設計図#16
まだ、心の持って行き場が見つからない。
この気持ちを、どう表現したらよいのだろう。
それくらい圧倒的で、すさまじい熱量の作品だった。
残念ながら、僕は映画を十分に語る言葉を持ち合わせていない。
その代わりに「輝度」を意味する、あまりに美しく儚いこの主題歌に想いを寄せて言語化してみたい。そうすることで、あるいは別の角度から、この作品に込められたメッセージについて少しでも考えを深めることができるかもしれない。たとえそれが無謀な試みだとしても。
前置きにかえて:
『Luminance』は2025年7月現在公開中の映画『国宝』の主題歌である。エンディングのシーンに流れることから、映画を観ていない方にはできる限り本編のネタバレにならないようにしつつ、ていねいに紐解いていきたい。

「浴びる光」と「放つ光」ふたつの輝きの歌
『Luminance』は、映画音楽作家・原摩利彦(はら まりひこ)さんの手によるミニマルかつ優雅なバラード。
エレクトロニカやアンビエント(環境音楽)の要素が色濃く、ピアノやストリングスといった生楽器の音色にフィールドレコーディングの音(環境音)なども取り入れられており、全体的に音数の少ない静謐なサウンドとなっている。
作詞は坂本美雨さん(故・坂本龍一さんの娘)、作曲が原さん、そして歌唱がKing Gnuのボーカル井口理さんである。
曲の公開にあたり、原さんと井口さんは以下のようなコメントを出している。
<原摩利彦(音楽)コメント>
喜久雄と俊介、そして彼らのまわりの人々の人生がまるで神話であったかのような、そんな感覚を覚える音楽をエンディングに書きたいと思っていました。《Luminance》は喜久雄が浴びたスポットライトと彼が放ち続ける光の量です。時空を越えて響く井口 理さんの美しい声と、音となったときに輝きが増す坂本美雨さんのことばに出会って、この曲を書くことができました。
<井口 理(歌唱)コメント>
この度、光栄なことに主題歌のお話をくださり、自分なりにこの映画を咀嚼し、歌わせていただきました。
この映画「国宝」で描かれる恐ろしくも美しい世界を、少しでも彩ることが出来たなら幸いです。
原さんは、「《Luminance》は主人公の立花喜久雄(吉沢亮)が浴びたスポットライトと彼が放ち続ける光の量」と言う。
「浴びる光」と、「放つ光」。ふたつの種類の光が、この曲を貫くテーマとなっている。どれだけスポットライトを浴びられるかは己の努力だけでは決められず、血筋や時流に左右される。また、自ら放つ光についても、その総量は個々によって異なる。それは芸の世界そのもの。井口さんの言うような、恐ろしくも美しい世界だ。
痛みも恐れもない境地で
イントロは、吐息のような井口さんのブレスから、静かにゆっくりと始まる。
ビートレス(リズムの無い)構成で、1音1音が間をもって鳴らされる。
まるで無重力空間にいるような、浮遊感のある音像だ。
40秒を過ぎてAメロの歌が入る。きわめて小さく、この世の果てでひっそりと囁くように。
ああ ここは
痛みも恐れもない
声も愛も記憶も
かすれて
この身体を ほどいて
あなたのもとへ
「痛みも恐れもない」という始まり。喜久雄が辿り着いた場所にはもはや苦痛も恐怖も存在しないことを示唆している。現世のあらゆる苦難を超越した静謐な境地にいることが伺える。
続く「声も愛も記憶もかすれて」からは、世俗的な声援や愛情、記憶すらもぼんやりと遠のいていく様子が描かれる。「この身体を ほどいて」という表現からも、現世から離れ、身体からたましいが遊離しつつあるような印象だ。
「あなた」が誰なのかは、ここでは明かされない。
懐かしくも寂しげな音色の正体
2分過ぎの間奏では、裏で鳴っていた懐かしくも寂しげな弦楽器の音が表に出てくる。
そう、「天使が弾いている楽器」とも称されるリュートだ。
リュートはギターと同じく、指で弾く撥弦楽器。形状もギターと似ているが、ネックが丸く深みのある柔らかい音色を持つ。15世紀の終わりごろから17世紀半ばまで、ヨーロッパを中心に人々にとって身近な楽器の一つであったが、音が小さく和音も難しいことから、その後はかなり廃れてしまったという。
今回の楽曲ではチェロ奏者の多井智紀さんがリュートのほかヴィオラ・ダ・ガンバ(中世〜バロック期の擦弦楽器)も担当している。ほのかに聴こえる印象的な古い響きは、これらの楽器に由来している。
主題歌を含む『国宝オリジナルサウンドトラック』が配信されました。https://t.co/8oH5RGJpC3
— Marihiko Hara / 原 摩利彦 (@MarihikoHara) June 5, 2025
《Luminance》
歌唱: 井口理
作詞: 坂本美雨
作編曲・ピアノ: 原 摩利彦
リュート&ビオラ・ダ・ガンバ: 多井智紀
全曲渾身の音楽です。映画をご覧になってから?事前に?お楽しみください#映画国宝 pic.twitter.com/5vIGogtrYk
↓なお、リュート奏者である坂本龍右さまのnoteマガジン「リュートへの招待」を参考にさせていただきました。リュートの歴史的変遷が非常にわかりやすくまとめられており、とても楽しく拝読しました。坂本さま、ありがとうございます。
『国宝』は歌舞伎の物語であるにも関わらず、その主題歌『Luminance』は、琴などの和楽器ではなく、あえて西洋の楽器を使っているのが印象的だ。それでも違和感は全くなく、むしろ映画の世界と調和している。
過去の記憶を呼び起こすような音色が流れるうち、意識の輪郭が溶けていくようだ。
「柔らかく」こだまする喝采と祝祭の音
間奏のあとに綴られるBメロを見てみよう。
こだまする 喝采と
祝祭の音色が
こんなにも 柔らかく 響いている
観客の拍手喝采や祝祭的な音が聞こえているにもかかわらず、それは「柔らかく」響いていると表現される。これはおそらく喜久雄自身の感覚だ。舞台上で浴びる圧倒的な拍手や囃子の音を指しつつも、それをどこか遠く柔らかなものとして受け止めていることを示している。
現実の大歓声すらも、彼の内面的世界では穏やかな残響として響いている。その様子から、恍惚感やトランス状態にあることが示唆される。この辺りは映画のシーンとぜひ重ね合わせていただきたい。この歌詞の指していることが身体感覚として迫ってくるはずだ。
触れられない「あなた」とは誰か
最後に、サビ~アウトロを見てみたい。
ああ 透きとおる 光に溶けてく
触れられない あなたとひとつに
そう 永遠に ただ 満ち足りて
今 喜びの 果てまで
「透きとおる光」と「触れられないあなた」というイメージが、この詩の核心となる。
透き通る光に自分が溶けていき、手の届かない「あなた」と一つになる――これは現実を超えた精神的・霊的な融合を思わせる。「あなた」とは誰を指すのか、曲のなかでは明言されない。だが、その直前の「触れられない」という言葉から、肉体的には存在しない(触れられない)存在を指していることが分かる。
この「あなた」の正体について、劇中で喜久雄の親代わりとなる半二郎役を演じた渡辺謙さんは非常に興味深い解釈を述べている。
渡辺さんはラジオ番組で作詞者の坂本美雨さんと対談した際、この詞に出てくる『あなた』とは誰でもない「芝居の神様」のことだと語った。舞台に立つ役者は、周囲の支えがあっても最終的には一人きりであり、舞台の神・芸の神と繋がれるかどうかを常に手を伸ばして求めている――そんな渇望や喜びの感情がこの「あなた」という言葉に込められているという。
喜久雄が見上げた先に見つめたものは、あるいは…ということなのだろう。そして、劇中に何度も見上げるシーンがあり、その伏線は張られている。
渡辺謙さんの語った言葉については、すげちさまのnoteを参考にさせていただきました。すげちさま、ありがとうございます!
『国宝』の主題歌である『Luminance』を通して、この映画に込められたメッセージの一端を見つめてきた。作品の発するエネルギーがあまりに強いうえに、受け取るものは人によってさまざまだろう。僕自身は、終演後も茫然として、しばらく立ち上がることができなかった。
すでに各所でコメントされているが、何よりもまずはぜひ、劇場へと足を運んでみていただきたい。
あなたの人生の貴重な3時間を使うだけの価値は間違いなくある。
そして、この記事を最後まで読んでくださった方ならばきっと気づくはずだ。歌唱を務めた井口さんの声そのものが、もうひとつの国宝のようなものだと。

(追記)
原さんの人生を変えた出会いについて触れられている。憧れていた坂本龍一さんとのエピソードが実に素敵である。音楽への想いは、受け継がれていく。
ご興味を持っていただいた方へ。他の楽曲も👇で紹介しています。
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