吉田宿 ~ 御油宿 ~ 赤坂宿 ~ 藤川宿
この区間も、ぶらチャリです。
新居宿 ~ 白須賀宿 ~ 二川宿 ~ 吉田宿|Knowledge & Experience
の後に引き続きぶらチャリチャレンジ。
吉田宿の内
この日は天気も良く、気温も高め。そうすると、行程トラッキングと史跡、経過の写真を撮っている iPhone も熱くなってくる。
そう、相変わらずの iPhone 充電問題が既に吉田宿に近づくあたりから勃発。
この辺りの時は、ペットボトル飲料を買って筐体を冷やしたら充電してくれたんだけど、いくら冷やしても全く充電してくれない状態。
既に購入してから3年近くたっている私の iPhone。もうすでにバッテリーの性能が落ちているんだろうかね。
まぁ、バッテリーの寿命をなんとしてでも伸ばすよー的な Apple 様の強い意思は感じられるものの、少なくとも、10%切った状態なら、30%ぐらいまでその機能は抑制して充電できるようにした方が、良いのじゃなかろか。だって、地図も見れなきゃ乗換案内検索もできないしね。
なんて、ぶつぶつ思いながら、旧東海道筋に戻る。

豊川を渡っていざ、御油宿へ。
御油宿へ
豊橋を渡ったらすぐに左折。
そうえば、吉田宿の今風の地名は豊橋。この橋の名前が由来なのか?

豊川稲荷の遥拝所の石碑がある。遥拝所というぐらいだから、近くに豊川稲荷は無いものと思われるが、東京赤坂の豊川稲荷は、豊川市にある豊川稲荷の別院なんだとか。話はそれるけど、昔々赤坂の豊川稲荷に参拝した時、10円玉の入った袋が置いてあって、それを持ち帰って商売の元手にして儲かった分から利子をつけて返す、という説明があった。それを見たとき、「なんだか怖い風習だねぇ。。」と思ったのを覚えている。だってさ、お稲荷さんは、元々は宇迦之御魂神だけど、豊川稲荷の御祭神は、その神様と習合した吒枳尼眞天で、インドからいらっしゃった、人肉を食べる夜叉というのが本来の姿らしい。そんな神様からお金を借りたら、なんだかちょっとやばい気がする。特に儲けたのに、お返しを怠ったらねぇ。。。
道なりに行って、県道496号へ。

各土地土地のマンホールのデザインを見るのも、この旅の楽しみの一つ。
ここからは、GoPro で撮った写真に切り替える。

豊川放水路を渡る。左手には、名鉄名古屋本線の鉄橋。右手には国道一号の橋。

才ノ木交差点を直進すると、莬足神社がある。”うたりじんじゃ”と呼ぶらしい。この神社の案内板には、史跡商会しかなかったが、菟上足尼(うなかみすくね)命が御祭神らしい。誰それ?
古代東三河(穂国=現在の豊川〜豊橋周辺)を統治した初代「穂国造(くにのみやつこ)」とされる実在系譜の人物で、のちに神格化された“人神”です。
孝元天皇の子孫で、葛城襲津彦命(かつらぎそつひこのみこと)の四世孫。
『先代旧事本紀』国造本紀には、 雄略天皇の時代に穂国造に任命された と明記されています。
へー。東三河は、昔、穂国と呼ばれていたのね。沢山コメが取れそうな国名だね。

県道496号をひたすら進む。

この二柱の神様の名前がそのまま神社名になっているのは珍しい。

県道31号バイパスは、自転車では直進できないので、一旦右に曲がって、京次西交差点を左に渡り、渡ったらすぐ、左に曲がって県道31号と並走し、次の交差点で右折し、県道496号に戻るという行程。

おー、このお狐様は、豊川稲荷のお使い・眷属か?

白鳥5丁目西交差点で国道一号に入り、国府町薮下交差点で左に折れる。

大社神社の左側の道を進む。

一里塚跡を右手に見ながら通過。

そして、音羽川を渡る。

そして、御油宿の高札場跡に到着。

御油宿に到着したらしい。
iPhone の充電が無くなったせいで、ちょっと手前までなんだけど、ここまでの行程を挙げておく。
距離 11.7㎞
標高
最大 31m
最小 3m
累積標高
登り 34m
下り 22m
ほぼ平らの行程。
おまけ
ちゃんとログが取れてなかったのが悔しくて、後日7月中旬に再トライ。
その際の行程を追加しますね。
赤坂宿へ
御油宿の本陣とか、よくわからなかったんだが、御油宿の松並木を疾走。
気持ちいい。。。

しばらく進むと関川神社があったので参拝。

御由緒書きが無いので、最初はどなたを祀っているのか判らなかったが、御朱印に、市杵島姫命と描かれていたので、こちらは辨天様を祀っていることがわかった。よく見ると、鳥居の前にちゃんと橋があって、境内が島に見立てられている。様式守られてますなぁ。。。
あっという間に、赤坂宿に到着したようだ。

御油宿と赤坂宿は1.7㎞しかないからあっという間に到着。道は県道374号をまっすぐ進めばよい。
おまけ
こちらも、再チャレンジの際の行程を追加します。
距離 1.6㎞
標高
最大 43m
最小 31m
累積標高
登り 12m
下り 0m
距離は大したことはないけど、微妙な登りだったようだ。
藤川宿へ
この日、次の宿の藤川まで行ったのだが、iPhone の電源が切れたのと、GoPro の写真には位置情報が記録されておらず、色々迷ったにもかかわらず、どこをどう走ったか、判らなくなってしまったので、とりあえず、写真だけ、挙げておくことにする。

見真太師って誰?と思って調べたら、親鸞上人のことだった。へー。

基本、県道374号を進めばよい。



何と読むのか判らない。。。

国道一号に出るので、道なりに進む。

この辺りは、藤川宿から約一里手前の本宿という間の宿らしい。

この辺りは国道一号の左側の側道が旧東海道らしい。

本宿めちゃ推してますけど。。。

指が写り込んでいて見苦しく申し訳ないっす。。。
しばらく進むと、国道一号に合流、左へ。

マンホールに描かれているのはお城?”やはぎはし”?

傾きかけた太陽に向かって進む。

田んぼと線路を右手に見ながらしばらく進むと、右下に降りる小道があるので、そこを下る。

この道が旧東海道筋であることを確認しつつ…
しばらく進むと国道一号に合流。

舞木門西交差点の信号を渡って、国道一号の左側に移動し、進む。

しばらく進むと、藤川宿の入り口に到達。

藤川宿の棒鼻跡。大名行列が通り過ぎるのを待つ旅人たちが描かれた浮世絵。棒鼻跡の前の細道を西へ。

棒鼻といえば、カクカクと曲がる道筋。まず最初のT字路を右へ。

直ぐに二番目のカク。左折して県道327号を藤川駅方面へ。

ここは、”曲手”と呼ぶらしい。読み方は”かねんて”。宿場ごとに言葉が変わっていくのも面白い。

津島神社は、線路の向こうの国道一号の向こうらしいので、パス。

この建物、津島神社の社務所としても使われていたらしい。案内板を読むと、もとは”市場町公会堂”という名前だったらしい。”公民館”ならぬ”公会堂”…駿府、遠江、三河地方は、デフォが後者なのか?
そして…

利用規則が、昔の高札っぽい形式で書かれている。
そして、藤川宿本陣跡に到達!

この時点で約16時半。本当は岡崎宿を越えて池鯉鮒宿まで行きたかったのだが、今回の掛川宿から一泊二泊のぶらチャリ旅は、ここまでとする。
まぁね、20㎞ぐらいの行程だから、行こうと思えば行けたんだけど、帰りのことを考えると、普通の一般人の皆さんの帰宅ラッシュにかち合う時間帯に、折り畳み自転車を電車に持ち込むのもどうかなと。
今回のトライでは、iPhone の電池が切れて、御油宿の手前から藤川宿までの行程が記録できませんでした。後日、このルートをもう一度通ってGoogle MyMap を作ろうと思っておりまするー。
おまけ
…ということで、再チャレンジした結果の行程を追加しますね。
距離 10.3㎞
標高
最大 113m
最小 44m
累積標高
登り 72m
下り 52m
軽く峠を越えたぐらいの高低差。
おまけ
不思議な現象
おまけですが、藤川宿の本陣跡の公園は、北方向に開けていてとても眺望が良くて、快晴でとても気持ちが良かった。ふと空を見上げると、飛行機が二機飛んでいる。

まるで、昔のタバコのCMみたいだなぁ…なんて思ってみていたんだが、飛行機雲が片方にしかできていない。

あんな近くを飛んでいるのに、なんでだろう…
高度が違うのか?
ぶらチャリを振り返る
今回初の折り畳み自転車を利用した旧東海道を辿る旅でした。
一泊二日のトライでしたが、案外距離が稼げませんでした。
史跡や道筋の写真を撮るために、しょっちゅう止まるし、案外、どの道が旧東海道?というシーンも多いのが原因。ただ単に走るだけなら1.5~2倍は距離が稼げると思われます。
国道一号をはじめとする整備されたバイパスの道筋は、とてもつまらないので、自転車でさっさと通過できるのはとっても便利。しかし、微妙にうねっていたり、松並木や峠道は、やはりぶら歩きの方が風情を楽しめていいなと。どっちも楽しむのは一人旅では無理なので、やむなし。
鈴鹿峠の入り口の関宿までを、次回、同じ形式のぶらチャリで制覇する計画。
