叫ぶ命の欠片たち-夜に読む短編集- モノローグ 叫ぶ命の欠片たち
叫ぶ命の欠片たち-夜に読む短編集-

モノローグ 叫ぶ命の欠片たち
命は叫ぶ。
痛いのは嫌だ、苦しいのはもう嫌だと。
けれど命は肉体という入れ物に閉じ込められ、逃げることは許されない。肉体ってなんて不自由なんでしょう。
生きるってなんて、不自由なんでしょう。
人差し指で宙に文字を描く。私を置いて、先に自由になってしまった婚約者へのメッセージ。
『私も早く、連れてって。これは、SOSです』
もしかしたら、天から見ている彼が空気のひずみに気付いてくれるかもしれない。宙に浮いた私のSOSを見て、手を伸ばしてくれるかもしれない。
でも、そんなこと、飛行機がハイジャックされるよりも確率の低いことだって、分かっていた。
哀しきかな、私はまだ正常だった。
私は枕元に置いてある、CDラジカセのボタンを押す。ずっと昔、私がまだ中学生だったころに録音したカセットテープ。
「……ちゃん……今日は……日、晴れですね……」
再生すればするほど、音声は不明瞭になり、途切れていく。けれどその懐かしい声は、一気に私をそのときに引き戻してくれる。
彼と同級生だったときの、変哲もない毎日の記録。婚約者がまだ何も知らない子どもだった頃に、私へあてた音声日記。
「……は、何を……て、遊びま……か? 僕は、公園で……まし……」
私はCDラジカセの側面に両手をあてた。音声に合わせて微かに振動しているそれは、まるで、生きたかった彼の叫びのようだった。
目をつむり、スピーカーに額をくっつける。彼の声だけでなく、ぬるい体温も伝わってくるような気がする。
「……ちゃん……とう……て……れ……」
私に繰り返さえられすぎて、彼は疲れてしまったらしい。彼を、休ませてあげないといけないと思った。けれど、私は停止ボタンを押せなかった。
暗い部屋に響き渡る、今にも消えてしまいそうな懐かしい声。
「……、……。……」
やがて、カセットテープはザザッというさざ波のような機械音のみになり、彼の声は聴こえなくなった。
私はCDラジカセから身体を離し、まぶたをゆっくり開く。
暗がりの中、CDラジカセの赤いフォルムが浮かび上がっている。彼からもらった宝物。今ではあの頃のカセットテープを再生するためにしか使っていない、宝の持ち腐れ。
彼の声は聴こえなくなった。
でも――私には、聴こえているよ。
あなたの残した『生きたかった』という叫びが。
「私も、あなたと生きたかった――」
私は呟いた。静かに響く、命の叫び。
彼が私のSOSに気づかなくても、この命は続いていくだろう。
肉体があることは不自由で、痛くて、苦しいけれど、この耳がなかったら、あなたの懐かしい声は聴けなかった。
もう、カセットテープは疲れ果ててしまったようだけれど。
私はまだ、どうにか生きることに疲れ果ててはいないようだ。
手のひらと額に感じた音の振動が、いつまでも熱く静かに残っていた。
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