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叫ぶ命の欠片たち-夜に読む短編集- 第3章 面影

叫ぶ命の欠片たち-夜に読む短編集

第3話 面影

 * * *

 私は上手く笑えない。
 どんなに楽しい話をされても、賛美の言葉をかけられても。不恰好な笑みしか浮かべられないから、誰もが困った顔をし、視線を逸らし、静かに私の元から離れていった。この孤独は、永遠に続くような気がした。
 でも、彼女は「永遠なんてないんだよ。何もかも、いつかは終わりが来るよ」と言ってくれた。そう言う彼女が、永遠の孤独に終止符を打ってくれたという感謝を伝えられないままだった。
 そして、唯一の友達――磯山硝子は、私の目の前から消えた。
 彼女のことを、少し話そう。

 1

 硝子は、名前の通りガラスのように繊細で美しい少女だった。長い髪に右目の泣きぼくろが、彼女の美しさを引き立てていた。
 硝子が転校してきたとき、凛と洗練された空気に教室丸ごと呑まれた感覚がした。中学生なのに妙に大人びた雰囲気に、クラスメイトたちの視線が束になって硝子に向けられた。
 注目を浴びる中、彼女は一番に私に話しかけてくれた。それは、私がたまたま後ろの席だったからにすぎないのかもしれないが――ぱあっと花開くような華やかな笑顔で振り向いて、
「小鳥遊さん、って素敵な名字だね」
 と声をかけてくれたとき、胸がきゅっとなった。
 私は曖昧に微笑むことしか出来なかったのに、硝子はいつも隣にいてくれた。
 二人で相合傘で帰ったときの、傘の深い赤。彼女に相応しい大きな傘を差し、沢山の話をした。彼女との交わりの中で、少しずつ、自然な笑顔が作れるようになっていった。

 2

 なのに、硝子は突然いなくなった。
「磯山さんを見かけた人がいたら教えてください」
 教壇に立って私達に告げる担任の顔には、焦りと疲労が滲み出ていた。
 一つ空いた彼女の席は見慣れた風景になっていった。でも、硝子のいない世界に慣れることはなかった。彼女の面影をいつも捜していた。
 硝子の笑った顔が、また見たいよ――。
 そんな想いも虚しく、月日だけが過ぎていった。

 3

 硝子がいなくなってから五ヶ月後。
 その日は、灰色の空から無数の雨粒が落ち、地面に水溜りを作っていた。私は一人、ビニール傘を差しながら、人気の少ない街を歩いていた。
 ふと、遠くに見える一つの人影。その人物の差している傘は、離れていても分かるほどの、大きく深い赤で――。
 見覚えがあった。あれは――間違いなく彼女の、傘だ。
「硝子!」
 ビニール傘を放り出し、私は駆け出した。水溜りを蹴ってしまい、靴下に水が浸みる気持ち悪さにも構わず、私は一直線に住宅街を走り抜ける。
 傘からちらりと見える横顔――硝子の顔に、よく似ていた。
「硝子……!」
 あともう少しだったのに、目の前の交差点の信号が赤になり、車が行き交う。なかなか渡れず、祈るような気持ちで信号を睨み続けた。
 やっと信号が青になったとき、赤い傘はもう見えなくなっていた。
 靴の中に入り込んだ雨水が、私の足を酷く冷やした。

 4

 次の日、私は登校してすぐに職員室に駆け込んだ。
「昨日、磯山さんを見かけました」
 すると、担任は眼鏡の奥から怪訝そうな瞳を私に向け、
「……磯山さんって、誰?」
 と躊躇いがちに言った。視界が、微かに歪んだ。
「磯山硝子ですよ。同じクラスの」
「……そんな人、いないでしょ?」
 ――足元から、くらくらするような眩暈に襲われる。私は急いで教室へ行った。
 教室に空席はなくなっていた。
 昨日まであった彼女の席には、クラスメイトが座っていた。彼女が机に落書きした、磯山硝子と小鳥遊愛理という名が書かれた相合傘は、どこにもなかった。
 眩暈が、酷くなってゆく。
 勇気を出して、クラスメイトに尋ねた。
「磯山硝子、って知ってるよね? 同じクラスの」
 クラスメイトは化け物を見るかのような視線を私に向け、
「それ、誰?」
 と口にした。目の前のクラスメイトが、ベール越しに見えるかのように輪郭がぼやけてゆく。
「タカナシさん、頭ダイジョウブ?」
 引きつった笑みを浮かべるクラスメイトに、私は笑って誤魔化そうとした。――でも、頬が強張り、上手く笑えなかった。
 そっと席につき、スマホを開く。硝子と写った写真があるから、それを見せれば担任もクラスメイトも分かってくれるかもしれない。
 でも、二人で並んで撮ったはずの写真に写っているのは、柔らかな笑みを浮かべる私だけだった。

 5

 それから、死んだような気持ちで一ヶ月が過ぎた。
 小雨が降ってきたので、私はビニール傘を広げる。その時、視界の端に赤い傘が目に入った。傘を差した人物は、間違いなく彼女だった。
「硝子! 硝子……!」
 今日は、追いついた。その人物は、ゆっくりと振り向いた。
「姉さんを、知ってるんですか……?」
 戸惑った瞳。よく見ると、右目に泣きぼくろがなかった。身体も、一回り小さい。
 硝子、じゃない。
 担任やクラスメイトと話したときとは違う、夢の中に落ちていくような浮遊感が、身体を呑み込んでゆく。
 その人は、磯山莉子だと名乗った。硝子の、妹だと言った。お互い不思議な気持ちのまま、噛み合わない会話を交わす。
「姉さんは、事故に遭って意識がなかったんです。五ヶ月も、意識が戻りませんでした」
 莉子さんはそう言って、視線を落とした。全身の浮遊感に、倒れそうになる。
「それで、今、硝子は……?」
 莉子さんが口を開きかけたとき、
「あれ、莉子?」
 という、透き通った声が聞こえた。私の、聴き慣れた声――。
 身体中のふわつきが、少しずつ、引いてゆく。
 硝子が、道路の向こうに佇んでいた。空色の、透き通るような青い傘を差していた。右目の下には、小さな泣きぼくろ。
 世界の、ピントが合った。
「硝子……! 硝子だ……」
 私に名前を呼ばれて、硝子はきょとんとした顔で私を見つめた。道路をゆっくり渡ってきて、一言、呟いた。
「……どなた、ですか?」

 6

 狐につままれた感覚のまま、硝子の家へ行った。硝子は、私の隣に座りながら、ぽつぽつと話し始めた。
 硝子は、私と過ごしていたはずの時間を、ずっと眠りながら過ごしていた、らしい。
 私が過ごした五ヶ月間は幻影だったのだろうか。長い夢を見ていたのは、私の方だったのだろうか。
 彼女の話を聞きながら、私はスマホの写真フォルダを開いた。
 そこに写っていたのは、紛れもない、満面の笑みの硝子と私だった。
 硝子は一瞬目を見開いたが、「嗚呼――」と呟き、何度も頷いた。
「私、ずっとあなたと一緒にいたんだよ。硝子のおかげで、上手く笑えるようになったんだよ。永遠の孤独が終わったって、そう思って、ありがとうって、ずっと伝えたかったの……」
 私の目から、大粒の涙が溢れ、止まらなくなる。硝子はスマホを握る私の震える手にそっと両手を重ねた。
「私、目が覚めるまでずっと夢を見ていた。大切な親友が出来て、笑い合う夢だった。すごく楽しくて、このままずっと一緒にいたいと思った。だから、目が覚めたときは嬉しかったけど、すごく寂しかった。――その相手は、あなただったんだね。ありがとう――愛理」
 涙が一雫、硝子の手に落ちる。
 孤独は、やっぱり永遠なんかじゃなかった。私、今多分、自然に笑えている。
 これからも、硝子と二人で笑い合おう。もう、硝子はずっと私の隣にいてくれるだろう。――それも、永遠じゃないかもしれないけれど。
 彷徨う魂は、もう、いない。

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カゲリ(ペンネーム:月森優月) 応援してくれたら嬉しいです。 頂いたチップは私のYouTube活動費(近日中に開設予定)とやる気と心の栄養に使わせて頂きます。