生成AIは中間管理職をなくすのか?
こんにちは。
先日、「AIを使った気になる上司」について書きました。
AIでそれらしい初手だけを作り、「ここから先よろしく」と部下へ渡す。生成するコストは下がったのに、検証し、修正し、実際に使えるものへ変えるコストは部下へ移っている、という話でした。
こんなことが起こってしまうのは、各人のAIリテラシーだけの問題ではないと思います。そもそも会社は、仕事を上から下へ分解することで大きくなってきました。AIが変え始めているのは、その分解の前提そのものでもあるので、今回は組織の観点から紐解いていければと思います。
1. 階層を設定するのは情報を分けるため
会社に階層があるのは、当然ですが偉い人を増やすためだけではありません。上の層が会社全体の状況を見て、何を優先するかを決めます。それを部門や案件へ分け、必要な情報だけを下へ渡します。下の層は、渡された範囲の中で調査し、資料を作り、実行します。結果は上へ戻ってくるので、そのフィードバックを統合して、次のアクションを判断する。
何でこんなことをするのかというと、全員が会社のすべてを知らなくても、大きな組織を動かせるようにする仕組みです。むしろ大きい会社ほど、全員へすべての情報を渡し、毎回全員で判断していたら、ほぼ進むことが出来ないですよね。
だから組織は、情報の質や量、判断ポイント、作業者を階層ごとに分けてきました。
上にいる人が必ずしも全体を正しく理解している、という話ではありませんが、少なくとも組織論としては上へ行くほど広い情報と決定権を持ち、下へ行くほど限定された仕事を正確に処理するように作られています。
この構造の中では、中間管理職にも明確な役割があります。
経営の方針を、現場が実際に動ける仕事へ落とし込む。
何を優先し、誰がどこまで担うのかを決める。
逆に、現場から上がってきた情報については、何が問題で、上に何を決めてもらう必要があるのかを整理する。
複数の担当者や部署の間で意見が分かれれば、調整して進む方向を決める。
つまり中間管理職の役割の1つは、次に誰が何をすべきかが分かる状態へ変えることだったはずです。
2. 生成AIは下へ渡していた作業を上の手元へ戻した
ところがAIを使えば、上司自身がその場で調査のたたき台を作り、候補を並べ、文章にし、表やスライドの形まで出せます。以前なら部下へ依頼し、数日後に初稿が戻ってきていた仕事が、上司の手元で数分から数十分で出てくるようになりました。
ここだけを見ると、階層を一段飛ばせるように見えます。
実際、生成AIは、経験の浅い人へ熟練者の応対パターンを伝え、生産性を高める可能性も示しています。
5,179人のカスタマーサポート担当者を対象とした研究では、AI支援による生産性向上は平均で約14%で、経験の浅い担当者ほど効果が大きく、上位者のベストプラクティスが広がった可能性が示されました。
AIによって、これまで経験者や専門部署に聞かなければ得られなかった知識や仕事の進め方を、現場の担当者が直接引き出せるようになりました。一方で上司も、これまで部下へ依頼していた調査や情報整理、資料の初稿作成を、自分の手元で進められるようになっています。
つまりAIは、これまで階層をまたいで受け渡していた知識や作業の一部を、別の階層でも直接扱えるようにしています。これまで階層の間で受け渡していた仕事の一部を、別の場所でもできるようにするものです。
問題は、その後です。
AIによって、これまで部下へ頼んでいた調査や資料の初稿を、上司自身が短時間で作れるようになりました。ただ、初稿が出たからといって、上司の仕事まで終わるわけではありません。
そもそも何のための資料なのか?
誰に、何を判断してもらいたいのか?
AIへどの前提を与えるのか?
出てきた候補のうち、何を採用し、何を捨てるのか?
会社全体の方針や、他部署の事情とどう合わせるのか?
最後に、どこまでのリスクを取って進めるのか?
AIが作れるのはあくまで判断の材料ですよね。その材料を読み、進む方向を決め、関係者を動かし、結果に責任を持つことまでは、初稿と一緒には生成されません。(それも書けと言えばそれっぽい人数やコスト感など埋め込まれて出てきますけど、それこそworkslopなわけで…)
つまりAIが下準備を代替するほど、上司の役割は、「部下に何かを作らせること」から、「何を作るべきかを定め、出てきたものを選び、組織として進む方向を決めること」へ移るはずなんですよね。
3. それでも判断だけが下へ流れる
ところが前回書いた「ここから先よろしく」では、逆のことが起きています。上司がAIで初稿らしきものを作るが、自分では前提も数字も十分に確認しないまま部下へ渡し、実際に使えるものへ仕上げさせる。
このとき部下へ渡されているのは、単純な作業の続きではありません。
何を言いたい資料なのかを読み解き、間違った前提を直し、不要な論点を削り、他部署や経営方針との整合を取り、最終的な形へ持っていくことを任せています。
これは、実はかなり上位の判断です。
しかも部下には、その判断に必要な情報や権限が十分に渡されているとは限りません。
会社はこれまで、下の人がすべてを知らなくても動けるように階層を作ってきました。ところがAIで初期作業が圧縮されると、今度は下の人に、いきなり今までより広い範囲を見た前提での判断が求められるようになってしまいます。
これでは、「全体を知らないまま、全体最適の成果物を作れ」という話になります。
判断を部下へ任せること自体が悪いわけではありません。AIによって現場の人がより広い仕事を担えるなら、それは組織にとって良い変化です。
ただし、本当に仕事を任せるのであれば、「自分で考えて進めてよい」と伝えるだけでは足りません。さらに上の意思決定者や関係部署と直接やり取りできるようにし、必要な情報と決定権を渡し、それまで間にいた管理職は通常のレポートラインから外れる必要があります。
上司が引き続きすべての報告と承認の窓口に残るなら、部下は判断と調整を引き受けた上で、最後にもう一度その上司へ説明しなければなりません。裁量が増えたのではなく、担当する仕事と説明の手間が増えただけです。
それでは階層を減らしたことにはなりません。部下に管理職の仕事まで担わせながら、管理職という承認経路だけを残しているにすぎません。これは権限委譲ではなく、責任の下方移転とゲートキーパーとしての地位の維持です。
4. 価値が下がるのは中間管理職ではない
AIによって中間管理職が不要になる、という話をよく見ますが、個人的には少し違う流れになるかと思っています。
国際労働機関も、生成AIの影響を、職業が丸ごと消えるかどうかではなく、職業を構成するタスクがどう変わるかという単位で分析しています。世界の労働者の約4人に1人が何らかの生成AI曝露を持つ職業に就いている一方、多くの仕事は消滅より変容が中心になるとしています。
https://www.ilo.org/publications/generative-ai-and-jobs-refined-global-index-occupational-exposure
中間管理職も同じ考え方で整理できます。現場の情報を集めたり、複数部署を調整したり、現場から得られる判断を加えて、優先順位を決める。部下が動けるように曖昧さを取り除いたり、問題が起きたときに責任を引き受ける。こうした仕事は、AIが入るほど重要になります。
だからこそ価値が下がるのは「中間管理職」という役職そのものではありません。目的や前提、優先順位を確定しないまま、AIや部下が作った未完成な仕事を別の人へ流し、自分は承認経路としてだけ残る機能です。
そして厄介なのは、価値が下がることと、権限が下がることは同じではないという点です。市場であれば、価値を加えない仲介業者は選ばれなくなるかもしれません。しかし組織の中では、指示権や評価権はすぐには消えません。
すると最初に起きるのは、階層の消滅ではなく、役割の価値と権限がずれた状態です。判断を加えない人が、権限によって判断を下へ流すという構造、前回書いたAIハラスメントのような現象は、このずれから生まれているのだと思います。
5. 管理職は何層必要か?
AI導入というと、何人減らせるか、何時間削減できるかという話になりがちですが、本当に変えるべきなのは作業時間だけではありません。誰が判断し、誰が責任を持ち、誰に直接報告するのかという組織の流れです。
AIによって、一人や少人数でも、調査から資料作成、実行まで扱える範囲は広がります。そうなれば、同じ案件について何層もの管理職へ説明と承認を繰り返すより、事業や案件ごとに、実行する人と最終的に判断する人を近づけた方が速いこともあります。
もちろん、管理の仕事はなくなりません。目的を決め、優先順位をつけ、人や予算を配分し、最後に責任を負う。利害が変わる部署をまたぐ問題なども、時には上の立場から調整しに入ることも必要でしょう。こうした役割は、AI時代にも確実に残ります。
ただし、その管理機能が、現在と同じように何層もの「中間」に置かれる必要があるかは別です。実務も判断も部下へ任せながら、自分は報告と承認の経路にだけ残る。その状態では、AIによって作業が速くなっても、承認経路を成果物が高速で行き来するだけです。その往復回数まで、承認経路にいる人の仕事量や成果として評価され始めたら、目も当てられません。
AIにより一人が担える範囲が広がったなら、権限と責任、レポートラインもそれに合わせて組み替える。そこまで行わなければ、AIは高価なおもちゃのままなのだと思います。
それでは。
