~100歳の先生との金曜日~ あるボランティアの話、ー第7話ー
昨年100歳を迎えられた先生との週に一度金曜日、部屋で1時間程お話を聞かせて頂ける時間がある。
「それは┅幸せだと思わんとあかんよ┅」
その先生の言葉に
「えっ?」と聞き返した。
私と子や孫が1つの屋根の下に暮らす三世代同居、私にとっては当たり前の日常だが先生に言わせれば、今の時代それは┅
“すごいこと”であり、“うらやましいこと”なのだと言う。
「お前さんは奥さんを若くして亡くして本当に辛い思いをしてき
た、でも今はこうして家族が一緒にいる
それは幸せなことなんだよ」
先生は長い年月の中で家族がバラバラになっていく寂しい光景を何度も見てこられたのだろう。当たり前だと思っていた私の日常は実は誰かにとっての“光”だったのだと“ハッ”とさせられた。
先生と同居されている娘さんは三度の食事も2時のおやつも手の込んだ美味しいものをしっかり出してくれるという。
家族として父親に接するという“義務”は完璧に果たしていると思う。けれど、先生が求めているものは
~空腹を満たすことだけではない~
本当に欲しいのは“言葉”の交わりであり
~心が満たされること~ 自分の育て上げた娘との会話ひとつない生活がどんなにわびしいものか身をもって知っているのである。しかし、先生からは話かける事はしない┅、
~それが父親としての愛情なのである~
この施設でも
先生に話しかける職員も利用者様も必要最低限のこと以外はない、先生も自ら話しかけることもしない。じっと外の移り変わる景色や、毎日の日常を“俳句”にするだけである。
一見すればただの
“気難しい年寄り”
“近づき難い年寄り”
に見えてしまうのかもしれない。
~私はそこに先生の“悲しみ”が見えた~
「ここは辞めないでくれよ!」
帰り際、先生からそう言ってもらえることは
私にとってもこの上ない幸せなことなのだと思っている。
あるボランティアの話、ー第7話ー 終わり。
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