総裁選でチョーかっこよかった「麻生太郎」のダンディズムの系譜
今回の自民党総裁選の影の主役は、麻生太郎氏だった。
それについては、誰も異論がないだろう。
彼が、「進次郎絶対有利」の情勢を見事にひっくり返し、高市総裁を誕生させたと言われる。
これはすごい。
菅、岸田のど左翼クソキングメーカーを粉砕。
これはすごい。
— バイパー (@HAGENOKINBA) October 4, 2025
菅、岸田のど左翼クソキングメーカーを粉砕。
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その麻生太郎の振る舞いには、大統領選前から接触していたトランプとのつながりが影響しているだろう、と私は思う。トランプの指令だ、とまでは言わないが・・
日本のマスコミは、狭い日本国内の政治力学しか言わないが、アメリカVS中国といった、もっと世界大の構図が背景にあるのではなかろうか。
以前、私は、以下のように書いた。
「英米とだけは喧嘩しないように」
と、天皇陛下は、麻生太郎(吉田茂の孫)あたりに厳しく言いつけられていると思う。
ーーなんていう、実はよく知らない政治の議論は、ここでは抜き。
85歳の後期高齢者、麻生太郎がかっこよかった。
同じ老人として、その知謀とともに、あのスラっと背筋が伸びた姿勢と、軽妙な立ち居振る舞いは、真似できないな、と思った。
すごい。まさにスーパー老人だ。
麻生太郎氏「おまえら舐めてるようだけどちゃんと選挙やったろ?」
記者「いやいや舐めてない笑」
麻生太郎氏「おまえら舐めてるようだけどちゃんと選挙やったろ?」
— あーぁ (@sxzBST) October 4, 2025
記者「いやいや舐めてない笑」
これ完全に「麻生さんは勝ち馬に乗りたい」って報じてたマスコミへの皮肉だよな。
麻生さんのしてやったり顔、本当に嬉しそう🤭 pic.twitter.com/uxDR0eWbbM
麻生のオジキ、めちゃくちゃスタイルいいな
麻生のオジキ、めちゃくちゃスタイルいいな pic.twitter.com/LpO1u8BOSE
— 山田の太郎 (@silence69golden) October 4, 2025
この麻生太郎のかっこよさ、その「ダンディズム」の系譜を、少したどっておきたい。
ネットで調べた素材を並べただけで、まとまりはない。将来の研究のためのメモ的なものなのでご容赦願いたい。
*
私は、地元(柿生)ゆかりの文化人、文芸評論家・河上徹太郎の研究を、暇な時にやっている。
河上徹太郎は、カトリック信者で、射撃が趣味だった。
麻生太郎氏も、カトリック信者で、射撃のオリンピック選手だった。
この共通点には、同じルーツがあると思う。
「イギリス紳士」の流儀だ。
もっと直接的にも、河上徹太郎と麻生太郎には接点がある。
麻生太郎は、吉田茂の孫。
そして、河上徹太郎は、吉田茂の息子・吉田健一(英文学者)の親友だった。
昭和28年、河上と吉田健一は、英国外務省の招きでイギリスを一緒に訪問している。
河上徹太郎の父親は日本郵船の造船技師で、スコットランドで研修した。
英国みやげとして父親が持ち帰ったのが、射撃の趣味と、英国製の猟銃だ。
河上徹太郎は15歳から父親とともに狩猟をし、その後、父親の形見となった猟銃を担いで、柿生で狩猟をしていた。

麻生太郎が、なぜ射撃(クレー射撃)を始めたのかは知らない。(ネットでは情報がなかった)
クレー射撃は、ヨーロッパの貴族のスポーツだったそうだから、イギリス大使だった吉田茂からの流れなのではなかろうか。
つまり、ここでもキーワードは「イギリス紳士」。
吉田茂も、カトリック葬だった。
麻生太郎がカトリックなのは、そのせいだろう。
吉田茂がカトリックになった経緯については、以下の情報があった。
吉田茂は東宮侍従の濱尾実氏と交流があったことが知られているけれど、この濱尾侍従長は一家でガチガチのカトリックだったことで有名。弟の濱尾文郎さんはその後、カトリックの枢機卿になった方です。 で、吉田一家はこのお二方の影響を受けて次々とカトリックの洗礼を受けたんだが、吉田本人は、頑として洗礼を受けなかった。その理由を某シスターに「俺は政治家で嘘をつかなきゃならんから、生きている間は洗礼は受けない」と言ったとされる記録が残っている。 とは言え、カトリック関口教会(東京マリア大聖堂)の後援会長をやったり、カトリックの文献を読んだりしてはいた。 だから、本当に臨終の床で「臨終洗礼」ってのを受けてカトリック信者にはなった。死後洗礼とか言う人もいるけれど、これは洗礼を希望しつつけた人に対してなされる緊急的な洗礼。 。。。とは言え、先に洗礼を受けた奥さんや娘さんからやいのやいの言われたとか、そういうのもあったかも知れないけれどね。
河上徹太郎がカトリック信者になった経緯は、よくわからない。
吉田茂の息子、吉田健一の影響があったかもしれないと思ったが、吉田健一はカトリックであった記録はなく、むしろ父・吉田茂のカトリック葬に反対したという。
麻生太郎の話が出ると吉田健一の話が出るが、吉田茂の国葬の時点から今まで、吉田健一(国葬反対・茂のカトリック葬反対・遺産は「飲んでしまえばいい」)及び子孫と麻生太郎(国葬賛成・カトリック葬にした・遺産が欲しい)は対立している。丸谷才一証言や評伝を参照。私も麻生太郎なぞ好きではない。
麻生太郎の話が出ると吉田健一の話が出るが、吉田茂の国葬の時点から今まで、吉田健一(国葬反対・茂のカトリック葬反対・遺産は「飲んでしまえばいい」)及び子孫と麻生太郎(国葬賛成・カトリック葬にした・遺産が欲しい)は対立している。丸谷才一証言や評伝を参照。私も麻生太郎なぞ好きではない。
— 川本直 (@KawamotoNao11) January 29, 2024
吉田健一と麻生太郎は対立していた、というのは、もっと知りたい話。もう少し調べたい。

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ともあれ、終戦直後の鶴川の白洲次郎邸(武相荘)には、神戸一中以来の友人・河上徹太郎が寄寓し、その周囲には、吉田健一、小林秀雄、青山二郎といった人たちが集っていた。
これらの人たちは、戦後の左翼的潮流とは対極にある、英米流の保守的な上流趣味を身につけた文化人たちだ。そのダンディな男たちの交流が、白洲次郎の妻、白洲正子を嫉妬させている。

吉田健一のダンディズムについては、松岡正剛がこんな風に書いていた。
吉田(健一)には洋の東西の風を通過した体の感覚がある。それをもって日本を眺めた。そしていつも句読点が動く文体を磨きあげた。その文体がほしがる句読点を打ったのだ。そういう生きっぷり、書きっぷり、遊びっぷりを読むのが吉田を読む醍醐味なのである。
もうちょっとその特徴をはっきりさせるなら、ずっとダンディズムを貫いたということだろう。そこは白洲次郎と共通する。ただしダンディズムというのは、ぼくに言わせれば「拒絶の美の一線」を自分でもっているということだから、吉田が何を拒絶したかが読みごたえのあるというところになる。
これら「ダンディな男たち」の交流の中では、わが河上徹太郎は、「からまれ役」だったらしい。
ネットに、以下のような文章があった。
吉田健一は、(吉田茂という)外交官の息子だから、『帰国子女』であった。
日本語よりも、むしろ外国語の方が出来るという『変な人物』だった。
その吉田健一が、小林秀雄らに酒の席でからまれて、泣かせられていたというのだ。
からまれたのは、吉田健一だけではない。
銀座の片隅にあった『はせ川』という小料理屋に、小林秀雄、青山二郎、永井龍男という『からみ三人男』がいた。
『酒席にこの三人が顔をそろえると、必ずからんで、とことんまで誰か同席のものをいじめ抜いた。』『一番最初に槍玉に上がったのは河上徹太郎だった。』
そして、河上徹太郎自身は、後に井伏鱒二との対談のなかで、『おれはさんざん小林にからまれたのが忘れられない。死んでも忘れられないんだ』と語っていたという。
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吉田茂と、吉田茂に直接つながる白洲次郎(吉田の側近)、吉田健一といった人たちには、日本人でありながら、エリートすぎて、日本という国を雲の上から眺めているかのような態度がある。
日本語より英語の方が上手いかも、という人たちだからねえ。
日本でイギリス上流階級の文化を真似て生きたーーそれが日本人にはダンディズムに見える。
河上徹太郎、小林秀雄といった人たちも、白洲次郎や吉田健一から、その生き方を真似たのだろう。
河上は射撃を趣味としたが、小林秀雄は、白洲次郎と同じくゴルフを趣味とした。
こういう「イギリス上流」の文化が、麻生太郎にも流れ込んでいると思う。
松岡正剛は上の文章で、ダンディズムを「『拒絶の美の一線』を自分でもっていること」だと定義している。
要は、「かっこ悪いことをしない」ということだろう。
「かっこ悪いことをしない」。これは政治家には難しい生き方ではないかと思う。
政治家でも、麻生太郎のような「超お坊ちゃん」にしかできないはずだ。

麻生太郎のお家朝ごはん風景、完全に朝ドラでよく見る大正時代の財閥のそれで草 pic.twitter.com/bzqyGxGLV8
— ガチ勢 (@gachizei2025) October 5, 2025
麻生太郎が首相としては短命だったのも、やっぱり「かっこ悪いこと」ができなかったからかもしれない。
でも、85歳になって、彼にしかできない「かっこいいこと」をする機会が回ってきた。
それが今回の総裁選だったわけで、麻生太郎のダンディズムの総決算になった。
<参考>
