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なぜ小泉進次郎は信じられないか 保守とキリストと、「左翼」としての進次郎

ステマ露見以来、小泉進次郎がペラペラ喋れば喋るほど、

「こいつの言うことはホント信用できない」

「こいつは本心を話していない」

というか、

「この男には『本心』があるのか」

とさえ、疑わしくなってきた。


と書いたところで、つけっぱなしにしていたモニターから、桜井よしこ氏がネット番組で、同様のことを言っているのが聞こえてきた。

桜井氏によれば、

「進次郎さんは、木原誠二さんの書いた原稿を読んでいるだけ。進次郎さんは操り人形」

ということだ。



私は、進次郎を見ていて、河上徹太郎の「左翼としてのユダ」論を思い出した。

やや回りくどい論理になるが、こういう連想だ。


私は今、郷土の作家(柿生に住んでいた)河上徹太郎のキリスト教思想に興味を持って、調べ始めている。

彼は、基本的に「保守」の人である。戦前、プロレタリア文学に対抗して「文学界」立ち上げに参加し、今の日本の主流文学を形成した。

もともと岩国藩家老の家系で、体質的に「体制派」であり、盟友の小林秀雄より、さらに武士的な倫理観に生きた。


彼は岩国市の名誉市民でもあったが、そういえば西村幸祐氏が昨夜Xで、岩国市で外国人土地取得制限を可決したというポストをリポストしていた。


岩国というのは、今でもそういう保守的な土地柄なのだろうか。



しかし、その河上徹太郎は、一方でカトリックの信者だった。1980年に亡くなった時、葬式は、井上洋治神父司宰による、東京カテドラル教会でのカトリック葬だった。


私は以前から、日本の古い世代の保守が、同時にキリスト教徒であったことに興味を持っている。

私は徳富蘇峰も研究しているが、戦後「右翼」の代表のように言われた彼も、ご承知のとおり(隠れ)キリスト教徒で、熊本バンドの初代メンバーだった。


日本全体としては、キリスト教徒はごく少ない(約1%)。しかし、以前書いたように、日本の首相にはキリスト教徒が多い。石破氏もそうだし、麻生太郎氏もそうだ。前に数えたら、歴代で10人(10%以上)いた。

原敬、高橋是清、吉田茂、片山哲、鳩山一郎、大平正芳、細川護熙、麻生太郎、鳩山由紀夫、石破茂。


首相にキリスト教徒の比率が高い理由について、宗教学者の島田裕巳がこう言っている。

「キリスト教が入ってきた時には上流階級の人たちが関心を持った。内村鑑三が勢力を広げた『無教会派』も東大系の教授などの知識人や富裕層で感化された人たちが多かった。こういった歴史もあって政界や財界に信者が多いのです」
(週刊ポスト2012年6月15日号)
https://www.news-postseven.com/archives/20120604_113430.html?DETAIL


でも、もう少し深い精神的理由があるらしいことが、河上徹太郎を読んでいるとわかってくる。



河上徹太郎は、自分の信仰について、私の知る限り、ストレートには語っていない。

河上徹太郎


でも、たとえば評論集「日本のアウトサイダー」で、内村鑑三論に仮託して書いている。


ごく簡単に言えば、明治初期にキリスト教徒になったのは、旧武士層、支配階級だが、薩長派閥ではなく、どちらかというと冷飯を食っている連中だった。

彼らは、明治政府が進める「天皇崇拝」を冷ややかに見ていた。

明治の天皇制は、支配のための方便であり、支配者自身が本当に天皇を信じているわけではない、と。


でも、そういう彼ら自身は、何を信じているのだろう?

そういう自己不信で悩んでいた時、彼らが江戸時代から引き継いだ(が新時代で否定された)儒教の教えと、キリスト教の教えが、彼らの中でぴたりとマッチしたのである。


彼らにとって、儒教における「天」とキリスト教の神は似ていた。

また、信じるならば、心から信じなければならない、ということ。それも、彼らにとって、儒教(至誠、知行合一)とキリスト教に共通の教えだった。

彼らには、明治政府の権力者が、聖書の中に出てくるパリサイ人、偽善者と同じに映ったのだ。


内村鑑三は、決して天皇否定論者ではなかった、と河上徹太郎は論じている。

しかし、彼が最初に有名になった、明治24年の不敬事件(一高における教育勅語の下賜儀式で十分に敬礼しなかった)で、内村が意地になったのは、明治政府の偽善に怒ったからだった。

河上自身の文章から引用すれば、以下のとおりだ。


この時これを不敬事件と見做す国家主義的官学派の一領袖は井上哲次郎だったが、その論難の要旨は、大体次のようなものであった。

「ヤソ教は大体唯一神教であって、天照大神も釈迦も拝まない。多神教たる仏教は古来温和な歴史を作っているが、唯一神教たるヤソ教は激しい動乱を起している。わが憲法は、安寧秩序を妨げず、臣民の義務に背かない限り信教の自由を認めているのだ。内村氏の事件はこの限界を超えているのではないか」

これに対し内村の書いた公開状の要旨は、

「足下はキリスト教徒がわが国に不忠で勅語に不敬である理由を儀式上のことに求められた。しかし儀式よりも大切なものがある。勅語に敬礼しないのと勅語を実行しないのと、いずれが不敬か?(中略)朝に御真影に向って敬礼しながら、夕べに盃をとって、淫らな反勅語的な言葉を平気で口にする者が、文部省にも、帝国大学にも、足下の尊敬する諸寺院にもいるではないか」

ということを、もっと激しい口調でいっているのである。

(河上徹太郎「内村鑑三」『わが象徴派的人生』文藝春秋、1972、p206)


言っていることとやっていることが違う、という偽善を決して許さない、厳しい倫理観。

それが、彼らにとっての日本的キリスト教、「武士的キリスト教」だった。

「武士的基督教」も、内村鑑三の言葉である。



河上徹太郎(1902年生まれ)は、内村鑑三(1861年生まれ)より、一世代以上後の人だ。

河上は、一高・東大の学生時代、ちょうどロシア革命後の左翼ブームにぶつかった。


河上は、左翼を否定するために、やはりキリスト教の論理を使った。

それが、河上の戦前の評論「新聖書講義」における「ユダ左翼説」だ。これが彼の原点となった。


イエスを裏切ったユダは一般に、暗い、陰険な男と考えられがちだ。

しかし、河上はそう思わず、「明るい、行動的な男」であり、「ポジティブな合理主義者」である、という。

それこそが、河上の目に映った「左翼」だった。


彼等の特徴は、皆殆ど頭がよかった。自分の方向の見定め方が、(時に誤っていたとしても、)しっかりしていた。弁舌に長じ、相手の言うことも実にテキパキ裁いた。(中略)

合理主義者・知的功利主義者、等々。左翼的な仕事を閉ざされても、世間のどんな部門の仕事でも巧みにマスターした。(中略)

彼等は紳士であり、つき合ってあたりはよかった。しかし、冷たかった。その自信に私は辟易した。その結果決定的な不満が、彼等が信じられないことであった。また彼等の方でも人を信じないことであった。

(河上徹太郎「ユダと現代風景」1969より 『わが象徴派的人生』p385)


左翼の特徴とは「信じられない」こと。河上の原文ではここに傍点がふってある。

ちなみに、今Netflixでやっている、福音書のドラマシリーズ「The Chosen 選ばれし者」に出てくるユダも、まさに河上の言うとおりの「明るく、行動的な、合理主義者」として描かれている。


河上によれば、イエスとユダは、鏡写しのようによく似ている。そして、ユダがイエスを崇拝していたのも本当だという。

しかし、決定的な違いがある。イエスにある「心」が、ユダにはない。イエスは「精神主義者」だが、ユダは「経済主義者」だと河上はいう。


たとえば新約聖書に、「羊飼いは、99匹の羊を野原に残してでも、迷子になった1匹の羊を探す」という有名なたとえ話がある。(マタイ18章、ルカ15章)

河上は、ユダにはその意味が決してわからず、99匹の羊を迷わず選んで1匹を見捨てるだろう、としている。

イエスにある「人情」が、ユダにはわからない。その功利主義、その冷たさ、その「人情不感症」こそがユダであり、左翼だというのだ。



河上は、左翼の時代にぶつかり、左翼とは何かを考えて、聖書の「ユダ」に行き着いた。

日本の戦前・戦中期を生き抜くために、彼は反共主義と聖書を評論の武器にしたのである。

河上は、そのようにして、一世代前の「武士的キリスト教」に、自ら回帰していった。

(ただし、河上は内村のような厳格な信者にはならなかった。厳格主義をむしろ嫌った。エピキュリアンを自認する彼は、ピューリタニズムが性に合わない。彼がプロテスタントではなくカトリックを選んだのは、カトリックの方が寛大に見えたからだと思う)


河上徹太郎が生きていたら、小泉進次郎を見て、まるで左翼のようだ、ユダのようだ、と言うと思う。

ペラペラ喋るが、信じられない、と。


しかし、それはたぶん、小泉進次郎だけではない。1969年の「ユダと現代風景」の時点で、河上は、いろいろな若者の振る舞いが「ユダ的」に見えると書いている。

ちょうど学生運動が盛んな時期、また三島の自決の1年前だったが、旧世代の人には、その頃の若者が、皆同じような、合理主義だけの「人情不感症」に見えていたのかもしれない。


例えば近頃の女店員がつっけんどんであるという非難をよく聞くが、それも同じである。もちろん無愛想は罪悪ではないが、彼女らの顔に現れた不敵な自己肯定には何の悪意もない。(中略)

「左翼」という言葉だって具体的な意味が違って来ているが、三十年を隔てて、同じような冷たさ、自信、自己主張の仕方をそこに感じるのである。この種の現代的厚顔が、戦後のわが国にいつの間にかアメリカシロヒトリのように見る見るうちに頑強な生活力ではびこるのに接し、私はただただたじろぐばかりである。
(「ユダと現代風景」 同前 p386)


私も、河上から見れば、戦後生まれの、「カラッポ」な世代である。

だから、小泉進次郎のカラッポさがよくわかるし、共感すらする。

小泉の靖国参拝という行動に、河上のいう「精神」はともなっているのか。

そして、では、小泉以外の、高市や林や小林に、本当に「本心」があるのか、それも疑わしい。


いま若者たちが宗教に回帰していると言われるのも、おそらく明治期の若者たちと同じ、「本心」がないのに耐えられないからだ。

SNSでの「承認」だけでは満たされない。霊的な支えが必要になっている。


日本の保守は、左翼がいてくれたから、反共主義で頑張れた。

でも、左翼がいなくなり、反共主義という支えがなくなった時、頼るべき何かがあるのか。

河上は、あらかじめ、そう思ったから、キリスト教というもう一つの支えを必要とした。

日本の保守政治家の一部にとっても、それは同じだったのだろう。

それが必ずキリスト教である必要はないが、他に何かあるのだろうか。


というわけで、混乱した論理の末、以前書いた、日本の政治家は霊的次元が低い、と同じような結論になったところで、終わり。



<参考>

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