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山尾しおりの普遍主義(だけどどうせ嫌われる)

昨日、「愛とエゴイズムは同じ」という記事を書いたのですが。


「愛」や「エゴイズム」の世界と、その対極に「正義」の世界がある。

「個別性」にこだわる世界と、「普遍性」にこだわる世界。


愛とは何か、を論じる哲学者は、エーリッヒ・フロムとか、ブーバーとか、レヴィナスとか、ユダヤ人が多い印象がありますね。なぜかは知りませんが。

それらの人が何を言っていたかも忘れてしまった。ただブーバーの議論を思い出すと、やはり「個別性」へのコミットメントが「愛」だ、みたいなことを言っていたと思う。

愛に価値があるとすれば、そのコミットメントが、持続的な「責任」をともなうからでしょう。

それが「子供一般」ではなく、他ならぬ「自分の子供」であるからこそ、その生育に責任を持つ、とか。

それが「国一般」ではなく、「自分の国」だから、その歴史に責任を持つ、とか。

個別性への責任をともなうコミットメントによって、われわれの日常は成り立っています。


しかし、「個別性」で成り立つ日常の対極に、「普遍性」で成り立つ正義や法の領域がある。

それが「神」による裁きであれ、現代の「法」による裁きであれ、人は普段の個別の属性を剥ぎ取られ、「人一般」として裁かれます。

少なくとも理念的にはそうです。

「正義なんてのは相対的なものだ。いくつも正義はある」と言う人は多いけど、それは日常の思考であって、真面目な神学者や法哲学者は、そんな相対主義は認めません。

正義は普遍的で客観的だ、少なくともそうあるべきだ、と考える。


この普遍主義のよく知られた例が「人権」ですね。

「人権」は、その人の属性がどうであれ、人である限り普遍的に内在する、と考えられている。

この考え方が、現代のリベラリズムの基礎になっています。だから、リベラリズムは普遍主義にコミットしています。



前置きが長くなりましたが、こういう法の普遍主義を行動原理にしている政治家が、山尾しおりですね。

こういう政治家は珍しい。

いわば「法の支配」に取り憑かれているところがあります。


そのことは人々にも薄々気づかれていて、彼女の「憲法裁判所」のような構想は「危険だ」と認知されているようです。


全力で落選させましょう
山尾志桜里の憲法草案「裁判所が法律を無効にできる。全ての公権力を拘束できる」


彼女は法の普遍主義に取り憑かれている。司法絶対主義者。

普遍主義は当然国境を越えるので、彼女はICC(国際刑事裁判所)の活動をことさら熱心に支援しています。


ICC支持を打ち出し、米国による制裁に毅然と反論する日本の若手弁護士たち。トランプ氏に忖度して及び腰な日本政府を、民間の立場から補完する立派な活動で誇らしいです!
「力の支配」による中露の脅威からアジアの友好国を守るためにも、いま日本は「法の支配」を前面に打ち出すべき。物言えない国々の代わりに、もっと声を発することができるはず。
日本でも世界でも「司法の独立」を守るための行動を、これからも全面的に応援します。
(山尾しおり 2025/5/5 10:07)


彼女はしばらく前からICCを日本に誘致しようと活動しています。

彼女が政界に戻る目的は、それではないかと私は推察しています。

2年前、彼女の講演会を聞きに行った時、彼女は、ICCの支部を日本に置けないか、当時の岸田首相に打診したと言っていました。


ICCの本部は現在オランダのハーグにありますが、本部を日本に移すことも考えていると思う。

現在、ICCの所長は日本人の赤根智子です。

ちなみに国際司法裁判所(ICJ)の所長も日本人の岩澤雄司です。

今のうちに、という思いがあるのではないでしょうか。


彼女の夢は、いわば全世界を法廷にして、「法の支配」を貫徹することではないかと思います。

世界を裁く検事になる。あるいは判事になる。

その夢は壮大で、高邁です。そんじょそこらの政治家には思いつかない。

でも、法の普遍主義を突き詰めていけば、そこに行き着く。

そして彼女は、日本を、そうした機関の中心にしようとしている。いわば「司法立国」みたいなことを考えている。


あのねえ、彼女は、そのへんのチンケな週刊誌が言うことなど相手にしていられない。

スキャンダルが生きがいのワイドショー視聴者たちは視野にない。

「燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志(こころざし)を知(し)らんや」(大物の志を小物は理解しない)つーてね。

念のために言えば、不倫は現代日本では法律違反ではない。

そもそも公人としての彼女は、愛だの不倫だの、そんな「個別」の世界に生きていない。

彼女は普遍主義に生きている。

その夢は、一国の首相になることより大きいのです。



私は、彼女のそういうとこは、素直にすごいなあ、偉いなあ、と思うんです。

今どき、そんな大志を抱く人はいない。

だから、応援しています。

少なくとも、彼女のような人が週刊誌ごときに潰されるのは惜しいと思う。


でも、理解されないだろうなあ、と思うんですね。


一般の選挙民は「法の普遍主義」など興味ない。

むしろ普遍主義など、クソ食らえです。


それを象徴するのが、私も何度も取り上げてきたけど、フィリピンのドゥテルテ前大統領ですね。

ドゥテルテも、山尾と同じ、法科大学を出た元検事ですけど。

ドゥテルテは、麻薬組織一掃のため、ダバオの犯罪者や容疑者をたくさん殺してきた。人権無視で。

それで、いまICCに訴追されています。

でも、フィリピンではいまだに英雄です。ICCに逮捕勾留の身でありながら、ダバオ市長に当選しました。


国民にとって、欲しいのは、ドゥテルテのような政治家です。

法の普遍主義などはどうでもいい。

私もドゥテルテは大好きですしね。


ちなみに、最近はハンガリーがICCを脱退するということもありました。

国際的にも、「普遍主義」は疑われています。


「人を裁きたい。でも自分は裁かれたくない」という山尾は、人々からは身勝手に見えるでしょう。

現代では稀な「哲人政治家」になる可能性を秘めた山尾ですが、今のところは、「政治家」を迂回して、夢をかなえる別の道を探ったほうがいいと思います。



<参考>


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