いかがわしき商品 ~本という「たわごと」3
昔は納豆は一つずつ売っていたのだが、いまは2個3個バンドルして売っている。
なぜ1個ずつ売らないのか。不当な抱き合わせ販売ではないか。公取は何をしている。
「消費者がほしがる人気の商品を、消費者のほしがらない商品と一緒に販売する行為」のことを「抱合せ販売」と言い、独占禁止法により「不公正な取引方法」の一つにあげられています。 公正取引委員会がその販売方法を不当と認めた場合、違法な行為として、「当該行為の差し止め」などを命じられます。
抱き合わせ販売とセット販売は違う、などのごたくは聞きたくない。
1個しかほしくないのに、2個以上買わせるのは不法であろう。
卵も、むかしは1個ずつ買えた。子供のころ母と買い物に行くと、もみ殻に埋もれた卵を、その日必要なだけ買っていたのを覚えている。
それも、いまは10個や12個単位でしか買えない。世界中そうらしい。各国政府は何をしているのか。
個食がふえている。人々は物価高に苦しんでいる。私はずっと一人暮らしで、ずっと貧乏だから、こうした商法に感覚が研ぎ澄まされ、怒りが募っている。
抱き合わせ、セット販売は消費者の利益にならない。不当な商慣習をやめさせるよう、国連は各国に圧力をかけるべきだろう。
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こうした不当な抱き合わせ販売の原型は、「本」にある。
キリスト教圏で「The Book」と言えば聖書だが、あれが典型だ。
まず、旧約と新約の「抱き合わせ」販売がある。
旧約自体、エゼキエル書など、さまざまな「本」の寄せ集めであって、実質的な「合本」だ。(しかもあまり面白くない)
そして新約では、同じイエスの話のバージョン違いが4本も収録されている。
信者にとってはすべてが聖句だろうから、それを侮辱する意図はないが、異教徒が教養としてイエスの思想を知りたいというとき、不便きわまりない。
イエスが出ない話は興味ないし、マルコだのマタイだのの重複の多いバージョン違いを統一して、イエスの話を1本にまとめてくれ、と思う。それなら読みやすく、買いやすくなる。
とにかくコンテンツを長くして、難しくして、ありがたがらせる。「本」の商売の原型を、「聖書」に見るのである。
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京極夏彦の長々しい小説が好きだ、小説は長いほどいい、という趣味の人は、それはそれで結構だ。
でも、文学の価値は本来長さではなかろう。
しかし、三島由紀夫の「憂国」が読みたい、と思っても、バラ売りしてくれない。
なぜか「短編集」として買わねばならず、「憂国」と一緒に「百万円煎餅」その他も押し売りされる。これは不当な抱き合わせ販売であろう。
(三島は1970年に死んだから、死後50年たって青空文庫で読めると思っていたら、直前に著作権が70年に延長された。)
学者の論文などもそうで、論文が溜まって本の長さになったら単著として出す、という商習慣がある。これも不当な抱き合わせ販売である。
参照したい論文がその中の一本でも、その本「全体」を手に入れなければならない。
学界の権力者たちが「編集委員」となって編まれる叢書のたぐいになると、抱き合わせ・セット販売の権化のようなもので、玉石混交の雑駁な論文集が、「ボる気満々」の価格をつけられて大いばりで売り出される。
著名学者の名が並んで、なんか立派な本に見えるので、図書館などが公金で買う。私の払った税金がもったいない。
学界の権力者たちが、出版機会と、こうした「叢書」商売で得たカネを、若手執筆者に分配していい顔をする図が透けて見える。
こうした長年の悪しき商習慣で、本という形を悪用した、コンテンツの「抱き合わせ」「セット」販売に誰も疑問を持たなくなった。
そのため本は、情報の純度が低い、価格にたいして価値の薄い商品になっている。
同時に、本とは、面白くない箇所、必要ない部分も含む「長い」ものであり、長いほどありがたい、という倒錯すら生み出している。
そして、長いものを読まされたあとは、いわゆる「完読バイアス」で、時間の浪費であったのを認めたくないため、「勉強になった」などと人は思い込む。だから、あまり文句も出ない。
それは、クソみたいな人生であっても、それを最後まで「読んだ」あとの死の床では、「それなりにいい人生であった」と自らに信じ込ませるのと同じメンタリティである。
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こうした「抱き合わせ」コンテンツを売る本は、公取が取り締まって、すべて発売禁止にしてほしい。
しかし、人びとは、「本はありがたい」という信仰によって目を曇らされ、ボラれ放題ボラれている。
このように、本をありがたがる文化で、コスト感覚や消費者感覚がマヒしてくると、納豆や卵の抱き合わせ販売に違和感を抱かなくなる。
出版文化が諸悪の根源ではなかろうか。
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ちなみに、最近X(旧ツイッター)で、(インボイスがらみであろうか)本が高すぎるという話題で盛り上がっていた。
原稿料上げてくれ、製造費上げてくれ、という声の横で「本が1冊2000円ではだれも買えないよ!もっと安くしてくれないとさ、安くすべきですよ!」って言われてんのがイマココみたいなワケよ……じゃあ出版社の取り分から分ければいいじゃんって言うけど、出版社は「そんなに取ってねぇよ」ってなる
原稿料上げてくれ、製造費上げてくれ、という声の横で「本が1冊2000円ではだれも買えないよ!もっと安くしてくれないとさ、安くすべきですよ!」って言われてんのがイマココみたいなワケよ……じゃあ出版社の取り分から分ければいいじゃんって言うけど、出版社は「そんなに取ってねぇよ」ってなる
— くじらのおじさん (@kujira_binder) September 28, 2023
本の価格問題。「お前の本買う中高生なんかいないよ」という大前提はともかく、中高生に本が買えなくなったら終わり。彼らが稼ぐようになっても、若いときに買わなかったものが長じてから本を買うわけがない。
本の価格問題。「お前の本買う中高生なんかいないよ」という大前提はともかく、中高生に本が買えなくなったら終わり。彼らが稼ぐようになっても、若いときに買わなかったものが長じてから本を買うわけがない。
— 芦辺 拓 (@ashibetaku) September 27, 2023
「本」は、コンビニのコピー機で「購入」して、出てきたのを自分で綴じてセルフ製本する訳にはいかないのでしょうか?それでは、あまりコストカットできないとかでしょうか?
「本」は、コンビニのコピー機で「購入」して、出てきたのを自分で綴じてセルフ製本する訳にはいかないのでしょうか?それでは、あまりコストカットできないとかでしょうか? https://t.co/FTJr7jElkN
— 巫俊(ふしゅん) (@fushunia) September 28, 2023
印刷・製本のコストは2000部で50-60万円、1冊250-300円だそうです。 https://nihonbashi-pub.co.jp/831 コンビニのコピーが割引で1枚2円以下にならないとコストダウンにならないでしょう。
印刷・製本のコストは2000部で50-60万円、1冊250-300円だそうです。 https://t.co/iulG1oNy9K
— raven (@raven2020) September 28, 2023
コンビニのコピーが割引で1枚2円以下にならないとコストダウンにならないでしょう。
最後のポストにあるように、ページ当たりの印刷・製本コストは、たとえばそれをコンビニでコピーするのとくらべて、必ずしも割高ではない、という議論は成り立つ。
しかし、私がここで問題にしているのは、そもそも本においてはページが「水増し」「かさ上げ」されているので、結果としてコスト高になり、割高な詐欺的商品になっている、ということである。
(つづく)
<参考>
