広告経済の次 #8: 『ゆっくり、いそげ』
前回は、『世界は贈与でできている』をヒントに、「交換」の論理に縛られた現代社会と、そこから抜け出すための「贈与」という概念について考えてみました。
そして大きな問いが残っています。
「『贈与』を、どうすれば情報インフラに載せることができるだろうか?」
単なる理想論では終わらせたくない。
共感や感謝といったお金では測れない価値が、きちんと循環する仕組みを、現実のサービスとしてどう実装できるのか。
そのヒントになりそうなのが『ゆっくり、いそげ』です。
著者の影山知明氏は、マッキンゼーというコンサルティングファームを経て、西国分寺で「クルミドコーヒー」というカフェを開業された方。
「交換」では測れない価値をどのように持続可能な形で循環させるか、「クルミドコーヒー」を経営する実践を通じて、模索してきたことを分かりやすく語ってくれます。
「特定多数」をターゲットにする
本書の主題の一つが、ビジネスが対象とすべきコミュニティの規模に関する考察です。
1キロ1千円の輸入クルミがあるなかで、どうしたら1キロ3千円の国産クルミの価値を届けられるか?
この例を通じて、現代の経済活動が対象とする人々を3つのカテゴリーに分類し、「不特定多数」でも「特定少数」でもない、「特定多数」に注目します。
不特定多数 (The Unspecified Majority):
顔の見えない無数の大衆。
グローバル経済やチェーン店が対象とする市場であり、この関係性の中では、価値の基準が「価格」のような普遍的な価値に収斂する。特定少数 (The Specific Minority):
家族や親しい友人など、50人以下の身内と呼べる閉じた関係。
ここでは濃密な関係性が築かれるが、事業として継続するには規模が小さすぎる。特定多数 (The Specific Majority):
事業として成立する規模を持ちながらも、互いの顔が見え、人間的な関係性を築ける範囲。この「特定多数」のコミュニティの中では、価格だけでなく、「この人が作っているから」「この場所が好きだから」「収穫を体験できる」といった、お金に換算できない複雑な価値の交換が可能になる。
「健全な負債感」という贈与のエンジン
「特定多数」のコミュニティを動かす原動力が、この「健全な負債感」という逆説的な概念です。
これは金銭的な「借金」ではなく、相手との関係性の中で「受け取っているものの方が多いな」「何かお返しをしなきゃな」と感じる、感謝の気持ちと、そこから生まれる前向きな返礼の感情を指します。
著者は、顧客が2,000円の価値を感じるチケットをあえて1,500円で提供する例を挙げます。
この 500円の差額は、単なる割引ではなく、店から顧客への「贈与」として機能します。
この贈与が、顧客の中に「健全な負債感」を生み出し、金銭ではない形(信頼、応援、貢献)での「お返し」を促すのです。
商品価値と対価が等しい「交換」では、取引はそこで完結し、次につながる関係性は生まれません。
しかし、「贈与」によって生まれた「健全な負債感」は、お金では清算できないため、長期的な関係性の循環を生み出します。
『贈与』を、どうすれば情報インフラに載せることができるか?
『世界は贈与でできている』は、お金では買えない価値について、その本質を理解するのを助けてくれました。
そしてこの『ゆっくり、いそげ』は、そのお金では買えない価値をうまく届けるために、実際に著者が試みたことと、その結果、事業として成立させることが可能であることを示してくれています。
直接的に情報インフラに載せれば解決、という話ではありませんが、情報インフラがサポートするとしたら、どういう形であるべきか、たくさんヒントをもらえたように思います。
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