脚本『千四百年の夜を越えて、君と』2
第二章:千四百年の呪い
S11 病院・琴音の病室(数日後・昼)
一般病室。点滴を受ける琴音は意識を取り戻しているが、まだ顔色は悪い。窓の外は穏やかな昼下がり。
ベッドサイドに座る叔母の静香が、心配そうに琴音を見守っている。
静香
琴音……体調はどう? 少しは落ち着いた?
琴音
(弱々しく頷く)……うん。でも……やっぱり、体の奥がずっと重くて……。昔から、時々あったけど、今回は……。
静香
(意を決したように、声を潜め)……琴音。あなたが小さい頃から、うちの家系のことは……少し話してきたけれど……本当のことを、ちゃんと話さなければいけない時期なのかもしれないわね。
琴音
(不安げに静香を見る)……卜部の女は、長生きできないって……そういう、昔からの言い伝えのこと……?
静香
(頷き、声を震わせ)……ええ。でもね、ただ若くして病気で亡くなる、というだけじゃないの。もっと……異様な枯れ方なのよ。みんな……原因不明の衰弱で、まるで魂から先に吸い取られて、枯れていくみたいに……力が失われていくの。私の母(琴音の祖母)も、あなたの母さんも……みんなそうだった。前触れもなく、ある日突然、堰を切ったように……。
琴音
(息を呑む)魂が……枯れる……。やっぱり……ただの病気じゃ……ないんだ……。
琴音、自分の手を握りしめ、恐怖に震える。薄々感じていた家系の暗い宿命が、具体的な言葉となって生々しく突き刺さる。
静香
だから、心配で仕方ないのよ! あなたまで同じ道を辿るんじゃないかって……! お医者様にも原因が分からないなんて……。
静香、琴音の手を強く握りしめ、涙を滲ませる。琴音もまた、言いようのない恐怖に襲われる。
S12 病院・廊下(昼)
健吾、廊下のベンチで佐久間と話している。表情は硬い。
佐久間
琴音ちゃん、意識は戻ったけど、まだ原因不明なんだろ? 現代医学で原因不明ってのは、正直かなり厄介だぞ。何かの免疫系の暴走か、あるいは未知の感染症か……。あらゆる可能性を潰さないと。
健吾
(首を振り)……いや、遼太郎。もっと別の……俺たちの理解を超えた力が働いている気がするんだ。科学だけじゃ説明がつかない何かが……。
佐久間
……おいおい、健吾。お前、本気で呪いだとか信じてるのか?
健吾
信じたいわけじゃない! でも……俺の家系、穂積が物部と同祖かもしれないって話、しただろ? 祖母から古い資料の写真が送られてきたんだ。そこには……。
健吾、言い淀む。
佐久間
そこには、何が書いてあったんだよ?
健吾
……まだ詳しくは読み解けてない。でも、物部や、饒速日命(にぎはやひのみこと)の名と一緒に、「呪い」や「鎮魂」って言葉があった。琴音さんの家系と無関係とは思えないんだ。
佐久間
(頭を掻きながら)……正直、俺にはオカルトの世界は理解できん。だが、友人のお前がそこまで言うなら、何かあるんだろうな。……わかった。医学的なアプローチは俺が諦めずに続ける。お前は、そっちの線でやれることをやれ。
健吾
……ありがとう、遼太郎。
S13 図書館(昼)
健吾、図書館で古文書の解読を試みている。スマートフォンの写真と、辞書や歴史書を照らし合わせる。
「饒速日命」「穂積家由緒」「物部」「石上神宮」「布都御魂(ふつのみたま)」「十種神宝(とくさのかんだから)」……
そして、気になる文字。
「……蘇我ノ呪詛……鎮魂ノ儀ニテ返スベシ……」
健吾
(呟き)蘇我の呪詛……。鎮魂の儀……。石上神宮で……? これが、琴音さんを救う鍵なのか……?
S14 病院・琴音の病室(夕方)
琴音の容態が急変。ベッドサイドでモニターのアラーム音が鳴り響く。
医師と看護師が慌ただしく動き回り、酸素マスクが装着される。琴音は苦しげに喘いでいる。
知らせを受けて駆けつけた静香が、病室の隅で嗚咽を漏らす。
静香
いや……! 琴音まで……! お願い、死なないで……!
S15 病院・廊下(夕方)
健吾、緊迫した病室の様子をガラス越しに見つめ、拳を握りしめている。無力感に打ちのめされそうになる。
その背後に、音もなく石川龍馬が現れる。前回よりもさらに濃い、異様なほどの冷気をまとっている。
龍馬
……無駄な足掻きだな。物部の血は穢れている。この世から消え去るのが定めだ。
健吾
(振り返り、激昂)龍馬……! やはりお前の仕業か! 琴音に何をした!
龍馬
仕業? これは千四百年続く摂理であり、俺の復讐だ。物部さえ完全に滅んでいれば、我が偉大なる蘇我氏が、中大兄(なかのおおえ)や鎌足(かまたり)ごときに滅ぼされることもなかった! お前たちの先祖が生き延び、奴らに与(くみ)したせいだ! その恨み、晴らさでおくべきか!
健吾
何を……訳の分からないことを……!
龍馬
(健吾に一歩近づく)
龍馬が近づくと、廊下の蛍光灯がバチバチと不規則に明滅し、健吾のスマートフォン(ポケットの中)の画面が一瞬ノイズで乱れる。冷気が健吾の肌を刺す。
龍馬
(冷たく笑い)これは呪詛のほんの始まり。やがて、あの娘も、お前も……物部に関わる血は全て消える。それが蘇我馬子たる俺の、悲願であり、この世への復讐なのだ。
龍馬、健吾の目を真っ直ぐに見据え、氷のような視線を送る。
龍馬
せいぜい、残された僅かな時を味わうがいい。
龍馬、背を向け、闇に溶けるように廊下の角へ消える。
健吾、その場に立ち尽くし、言いようのない恐怖と怒りに打ち震える。
S16 病院・会議室(夜)
医師、健吾、静香、佐久間。重苦しい雰囲気。
医師
……あらゆる手を尽くしましたが、卜部さんの状態は悪化の一途です。身体の生命維持機能そのものが、急速に失われているとしか……。誠に残念ですが……もって、数日……。
静香
(顔を覆い、泣き崩れる)ああ……神様……!
佐久間
(机を叩きそうになるのをこらえ)……くそっ……! 医学で分からないなんて……!
健吾
(静かに、しかし強い意志を込めて)……まだ、諦められません。
健吾、医師を真っ直ぐに見る。
S17 病院・健吾が見守る琴音のICU(深夜)
ICUに移された琴音。か細い呼吸。生命維持装置に繋がれている。
健吾、ガラス越しにその姿を見つめている。手にはスマートフォン。古文書の写真。
「石上神宮」「鎮魂」「呪詛返し」
龍馬の言葉が蘇る。「蘇我の恨み」「物部の血」…。
健吾の中で、点と点が繋がり始める。これは、千四百年続く怨念との戦いなのだと。
健吾
(固い決意)石上神宮……。行くしかない。琴音を救うためなら……この呪いを、俺が……!
S18 翌朝・病院前(朝)
健吾、病院の玄関前で佐久間に向き合う。その目には迷いはない。
健吾
遼太郎、俺、石上神宮へ行ってくる。古文書に書かれていた。蘇我の呪いを返す方法が、そこにあるかもしれない。
佐久間
(健吾の覚悟を感じ取り)……呪詛返し、か。ますますオカルトだが……お前の目を信じる。だが、もしダメだったら……いや、必ず戻ってこい。生きてな。
健吾
ああ。必ず。琴音を……頼む。
佐久間
任せろ。
健吾、力強く頷き、待たせていたタクシーに乗り込む。
佐久間、走り去るタクシーを見送り、天を仰ぐ。
(頼むぜ、健吾……。そして、神様がいるなら……)
第一章:古都の出会い、宿命の影
第二章:千四百年の呪い
第三章:石上神宮、破邪の誓い
第四章:鎮魂祭-光と闇の激突
第五章:夜明けの奇跡
第六章:千四百年の夜を越えて
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