張り切るほど成果が出ない?─余裕が「判断力」をつくる話─
復職したばかりの頃の私は、
「動けば信頼は回復するはずだ」と思い込んでいました。
子どもの体調不良で休みがち。
時短勤務。
周りは忙しそうに働いている。
だったら、できるときに全力でやらなきゃ。
そう思って、必要以上に張り切っていたのです。
「これ、私やります」
「何か手伝えることありますか」
「私の方で対応しておきますね」
「もっと担務を増やしても平気です」
一見、前向きで意欲的。
でも、現実はうまくいきませんでした。
当時担当していた、組織長が集まる会議のセッティングを
すっかり忘れる、というミスをやらかしたときは、
本当にショックでした。
こんな初歩的なミスをするなんて、と。
そのほかにも、
やるべきことが常に頭の中にあって、
優先順位がつけられない。
これをやる前に、あっちをやった方がいいかな。
でも、今はこっちの方が先かもしれない。
そんなふうに迷ってしまって、判断が遅れる。
良かれと思った対応が、微妙にズレていて、
喜ばれないどころか、
「何をやっているんだろう?」
そんな視線を向けられているように感じることもありました。
今振り返ると、その理由はとてもシンプルです。
焦っているとき、人は正しい判断ができません。
能力や努力の問題ではなく、
そのときの「状態」に問題があったんです。
張り切るほど、視野は狭くなる
余裕がなかった頃の私は、
「何かやっていないと不安」だったのだと思います。
評価されたい。
迷惑をかけたくない。
役に立っていると思われたい。
その気持ち自体は、決して悪いものではありません。
でも、ムキになっているときほど、
周りが本当に求めていることが、見えなくなっていました。
結果として、
優先度の低いことに力を使う
余計な手を出して、かえって混乱を生む
判断に時間がかかる
そんな悪循環に、静かに入り込んでいました。
2回目の復職で、あえて「ほどほど」にしました
2回目の育休復帰では、
意識的にスタンスを変えることにしました。
仕事も育児も、ほどほどでいい。
無理はしない。
張り切りすぎない。
具体的には、
時短は多めに取る
量より質を優先する
「今の自分」に求められていることだけやる
余白は、あえて削らない
正直、少し怖さもありました。
手を抜いていると思われないか。
評価が下がらないか。
でも、結果は逆でした。
余裕があると、判断が鋭くなる
時間に余裕があると、
一歩引いて考えられるようになります。
「これは本当に今やるべき?」
「誰のための対応?」
「自分がやる意味はある?」
判断の質が変わると、
仕事の精度も、自然と上がっていきました。
実際、
勤務時間は短くなったのに、
生産性は上がったのです。
任された仕事を100%かそれ以上のクオリティでやり遂げることで、
上司からの見られ方も、
少しずつ変わっていきました。
「頑張らない」のではなく、「無駄に張り切らない」
誤解してほしくないのは、
これは「頑張らなくていい」という話ではない、ということです。
張り切ること自体が、悪いわけではありません。
ただ、張り切りすぎると、判断力を失います。
余裕は、甘えではありません。
判断力を保つための、前提条件です。
特に、
繊細な人
責任感が強い人
ちゃんとやろうとする人
ほど、
余白を意識的に確保したほうがいいと感じています。
ほどほどの方が、結果的に評価される
不思議ですが、事実です。
ムキになっているときよりも、
落ち着いているときの方が、
周りはちゃんと見ています。
「余裕がある人」
「判断が安定している人」
「任せても大丈夫な人」
そう見られることが、
結果的に評価につながっていきました。
■ まとめ
焦っているとき、私たちは自分の力を正しく使えません。
だからこそ、余白を持つことを恐れないでほしい。
余白とは怠けではなく、
判断力・精度・強みを守るための前提条件。
制約のある働き方の中で、
失敗を繰り返しながら進んできた今なら、
自然にこう言えます。
頑張りすぎなくていい。
余裕がある方が、最終的に仕事はできる。
だからこそ、焦っているな、と思ったら。
ほんの10秒だけでもいい。
ゆっくり、深く、深呼吸。
身体と心が落ち着いてから、少しずつまた進んでいきましょう。
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