スパロウとブッチ(3-Final)
お薬のやりすぎで頭がショートしてしまった友人たちの話。(その1) (その2)
同僚と話していたら「私の通ってたハイスクールの近くにコーク(コカイン)ロードってのがあって、めっちゃ沢山の生徒たちがコーク買いにその道を通ってたわぁ」とか言っていた。ちなみに彼女の暮らしていたところは、おっそろしく田舎。どどーんとした農園の広がるようなところである。びっくりするぐらい、本当にびっくりするぐらいこの国ではドラッグが溢れている。そしてびっくりするぐらい簡単に手に入る。どこででも、誰にでもだ。
アルツハイマーのじぃちゃんたちとの話でも書いたけれど、1970年~1980年代のコカインエピデミック(爆発的にコカインが広がっていた時代。詳しくはこちら)があった。80年代、90年代の映画はよく酒とドラッグのネタで描かれるけれど、現実なんである。
夜中の電話。そもそも2時、3時に電話がくるなんてまずロクなことじゃない。熟睡していた私たちを起こしたのは、ブッチの姉だった。「ブッチがオーバードースで運ばれて、意識不明の重体で」彼女はとぎれとぎれにそう言った。電話越しにもわかるパニック、悲しみ、怒り、憤り。なんでこんなことに、どうしてこんなことに、と繰り返し言い続ける彼女をなだめて、私たちは病院の場所を聞いて、駆け付けた。
『混ぜ物のたくさん入った安価で粗雑なドラッグを摂取して、脳みその回路がショートした状況だ。ショートしてるだけでなく、彼の脳は血管がいくつか破裂しているが、手術ができる状態ではない。起きる可能性は限りなくゼロに近い』と医者はご両親に説明したらしい。ER(緊急)に運ばれたのがその日の朝で、夜中になってようやく部屋へと移動させられた。集中治療室。ブッチはゴーゴーと大きな鼾をかきながら、ベッドの上にいた。こういった場合の大きな鼾というのは、脳に何かが起こっていることの危険なサインなのだという。
だから言ったじゃないか、と。アルゴは握りこぶしを作ってぼそりと言った。ブッチのご両親には聞こえないように。俺があの時、無理やりにでも施設に連れて行っていたら良かったんだ。家に連れ帰らず、うちにとどめて、無理やりにでもデトックスさせればよかったんだ。ぶん殴ってでも薬をやめさせればよかったんだ。待合室の椅子に座ってアルゴはありとあらゆる方向から、自分を責めていた。
「私たちは救いの手を伸ばしたよ。リハビリ施設に行け、薬をやめろ、何度も何度もそういった。でもブッチ自身がそれを求めていなかったんだから、どうしようもなかった」そんなことを私はアルゴに言った。慰めの言葉なんて届きはしないことはわかっていたけど、それが事実なのだ。
誰が悪いってそりゃぁ、ブッチ自身である。弱さから逃げるため、現実から逃げるため、一時の快楽を求めてドラッグをやり続けた。ドラッグをやめろという私たち、そして周りの友人たちに『I don't shoot it, so still Okay』そんなことをよく言っていた。注射してないから、まだまだオッケーなんて戯言。何がオーケーだ!馬鹿め!それでも、アルゴは自分を責めた。ご両親もお姉さんも自分たちを責めていた。私ですら自分を責めた。あの日、彼が裸足でうちにやってきた日に、アルゴと二人で直接、薬物中毒を治療する救急に送るべきだったのだ。
私たちは待合室に数時間いた。重苦しい沈黙。アルゴは泣いていた。私はその手を握って、背中をさすることしかできなかった。アルゴはひとしきり泣いた後、不意に立ち上がるとブッチの病室へと行った。集中治療室には、限られた人数の人しか入れないので、止めようとしたがアルゴは振り切ってずかずかと病室に入った。ベッドの横に立って、ブッチの手を握り締めて、起きろ、馬鹿。俺たちに文句言わせろよ、こんな最低最悪の気持ちにさせやがって、と言った後に、唐突にブッチと一緒に作ったラップを歌い始めた。
アルゴとブッチの掛け合いが特徴の曲で、ステージでよく歌っていた曲だった。私は二人がこの曲を作るのを横で見ていた。大きな図体をしたアフロ頭の男が二人、うんうん唸りながら二人で作り上げた曲。ブッチには独特の世界観があって、言葉選びが絶妙だった。正統な、というと語弊があるかもしれないが、正統ラップというのは韻を踏まなくてはならない。ただの早口言葉ではない。流れがいい、聞こえがいいだけではラップとは言えない。これがアルゴとブッチが作るラップの大前提だった。二人の口からすらすらと出てくる言葉の洪水に私は圧倒されたものだった。どうやったらこんな風にポンポン言葉が出て、韻を踏んでいて、しかもそれがちゃんと意味のある歌詞になるのか、そんな風に感じていた。
アルゴの声は大きい。そしてその曲は怒りや憤りを込めていた歌詞だったから、歌っているうちにどんどん声が大きくなっていった。声を聞きつけたナースが数人やってきたが、誰もアルゴを止めなかった。そこは病室だったけれど、アルゴはステージに立っているように見えた。ブッチの手を握り締め、歌い続けた。馬鹿が、起きろよ。起きろ、生きろ。そんな風にアドリブを加えた。アルゴが歌い終える頃には、ナースたちだけでなく、患者さんやほかのスタッフの人たちが病室の入り口に人垣を作っていた。拍手が起こって、歓声が起こった。歌い終わったアルゴは放心して、天井をみていた。
……Stop!!!!!!
やめろ!とアルゴが唐突に叫んだ。皆が驚いて、その場は一瞬、しんと静まり返った。
「ア……ルゴ……」
出来すぎた話だ。ブッチはうっすらと目を開けて、アルゴの手を握り返し、そして彼の名前を呼んだのだ。
「わかるのか、ブッチ!!!俺だよ!!起きろ!!目を開けろ!!」
アルゴは叫び続けた。ブッチのお姉さんが早くドクターを呼んで、と金切り声を上げた。ナースたちがバタバタを部屋に入り、モニターの数字を確認したり、ドクターを呼びに走り出した。アルゴはブッチの手を握り締めたまま動かなかった。ナースたちもこのまま、言葉をかけ続けて、と言った。
……Man....I'm sorry.....
ブッチの乾ききった唇がもごもごと動き、ごめんな、と言った。Shut a hell up, don't say sorry- just wake up, mother F - you need to wake up, get your ass up, dummy...don't go, stay with me, you hear me? are you hearing me?
馬鹿野郎、ごめんなんて言うな、このあほ。行くな、このまま起きてろ。おい、聞いてんのか?聞こえてるのか?呼吸が切れ切れになって、瞼が落ちそうになっているブッチにアルゴは懸命に話しかけていた。ドクターが部屋にやってきて、慌ただしくナースたちに指示を出し、医療処置が始まるからと私たちは全員、廊下へと追い出された。
廊下に出ると、ブッチの年老いたママはがくり、と膝を折り、廊下にうずくまるとアルゴに縋りつくようにしてありがとう、ありがとう、と気が狂ったように繰り返した。あなたが来てくれてよかった、神様が守ってくれたのよ、と言った。アルゴは「神様なんかじゃない、あいつがあいつの意思で起きたい、生きたいと思ったからだ。ご両親とお姉さんの想いが通じたからだ。ブッチはきっと大丈夫」そう言って、ブッチのママを抱え起こした。
後日、いろんな検査をしたがあの時、ブッチが目覚めたのはまったく原因が不明だ、とドクターはそう言ったのだという。そして、この時の I am sorryが、たぶん、ブッチとアルゴの最後の会話だった。ブッチが、ブッチでいた時の最後。
この後、目覚めたブッチは、記憶障害、言語障害、半身麻痺、そのほかにも癲癇の発作が何度も起こるようになった。初めの頃は音楽仲間などの見舞客で溢れていた彼の病室も入院が1か月を過ぎる頃には、家族と私たちを含めたほんの数人になっていた。リハビリ施設(ドラッグではなく、体の)に移送される頃には、ブッチの元を訪れる人はほとんどいなくなった。
1年ほどをリハビリ施設で過ごし、自力で食事をし、排泄ができるようになってブッチはようやく家に帰ることができた。あれほどたくさんの人を魅了しラップをすることもできない。ラップをしていたことすら覚えていないらしい。家族の事、アルゴを含めた何人かの友達のことは覚えているが、会話はできない。言葉が発せないのだ。入院やリハビリですっかり痩せたブッチだったが、それでも身長190センチの大男である。年老いたご両親はブッチを介護し続けていて、私たちも月に一度くらいの頻度で彼の様子を見に行く。
ご両親は、生きていてくれるだけで良い、といつもそんな風に言う。私は正直、わからないでいる。ブッチは幸せなんだろうか。最初の数年は、変わり果てた状態のブッチを見るたびに、アルゴは泣き、怒り、落ち込むというようなことを繰り返した。
「あいつが幸せかどうかはわからない。生きているだけで幸せだとご両親が言うのなら、そういう幸せを与えられているのだから、やっぱり生きていることに意味はあるのかもしれない。泣いても怒っても俺の知ってるブッチはもう還ってくることはないけど、せめてブッチの生きている証として、友達として、俺はこのまま、ブッチを訪ね続けようと思うよ」
アルゴはそう言っている。スパロウとブッチだけではない。私たちは何人かの人たちをドラッグで亡くした。あれからも6年近くになるが、私たちは月に一度、ブッチの家へと行く。ダメ!絶対ダメ!なんて薬物防止ポスターを日本にいる頃よく見たけど(今もあるのか?)ほんとに絶対ダメなんである。一時の快楽、現実からの逃避、薬をやる人にはいろんな理由、否、「言い訳」があるのだろうけど、結局、ドラッグから得られるものなんて泡沫に過ぎず、自分を傷つけ、周りの人を傷つけ、そしていろんなものを失う。このお話の最初にあげたBlack Lagoonの逃がし屋のキャラだって、「薬キメすぎてお医者さんと暮らしてるネ」と言われていたけど。スパロウみたいに亡くなったり、ブッチみたいに重介護になったり。ホームレスになったり、とにかくろくでもない終わりを迎えるものなのである。それでもドラッグはやっぱり溢れているし、やめられない、止まらないものなのが悲しい現実なのである。
こうして思えば、「ダメ!絶対ダメ!」というあのポスターの言葉は秀逸である。だって、それ以外に言いようがない。シンプルなのにこの一言にすべてが集約されるのだ。ダメ、絶対にダメ、なんである。
(終)
