ちょっとスペイン横断してくるわ。徒歩で(4-Final)
今は夫になったアルゴが、唐突にスペインを徒歩で歩いたというお話の続きです。これが最終話です。その1、その2、その3
9月12日に家をでて、アルゴが帰ってきたのは10月の半ばだった。ちなみに、張り切って買った装備のほとんどは初日に捨てたという。特にティンバーランドのブーツと寝袋。ただただ邪魔になるだけだと半日あるいて気づいたという(遅)。紆余曲折あって、巡礼路の到着地点についた後、さらに1週間歩いて、世界の果てと呼ばれる海まで行って、義母の散骨をしたという。彼が歩いている間のエピソードはすべてが面白いのだけど(羊飼いの犬に追い回されたとか、お金が底をついて教会の床で寝たとか、瀕死になっていた他の巡礼者を40キロ背負って病院まで連れて行ったとか)特に鮮明なものがいくつかあった。私は運命とか奇跡といった言葉をあまり信じていない。あったらいいな、あるかもしれんな、という程度の気持ちでいる。そんな私が「運命かもしれんな」と思えたのは、10月1日の出来事。そのことを書いて、この巡礼路のお話を終わろうと思う。

アルゴはその日、寝付けなく、ただただ歩き続けていた。スケジュールを気にせずに思いつくままのことをできるのはホテルの予約等のしがらみがない巡礼路ならではのこと。アルゴはその日、なぜだかとてもママに会いたくて、ママのことばかりを考えて歩いていたのだという。気が付けば、あたりは暗く、周りに何の建物もない道の真ん中にいた。広大な見知らぬ土地、彼は突然、ひどい悲しさ、喪失感、絶望感を感じでうずくまったという。数週間にわたる徒歩の旅で、足の爪は割れ、足の皮は指も裏側もほぼ剥け、血だらけの足。周りには誰もおらず、携帯の電波ももちろんない。俺は今、ここで何をしているのだろう、そう思ったら急に歩けなくなったのだという。うずくまってどれくらいたったのかはわからない。彼は遠くからかすかに響いてくる音楽に気が付いた。せめて音楽の聞こえるあの場所まで歩いてみよう、それから先のことを考えよう。ここで辞めて帰る、それかこのまま歩き続けるか。足の痛み、荷物の重み、疲労もピークだった彼はゆっくり、ゆっくり音楽の聞こえる方角、かすかに見える明かりの方角へと足を向けた。
どれくらい歩いたのかはわからないという。しばらく歩いたら、目の前に丁寧に手入れされた庭と椅子やテーブル、簡易カウチなどのガーデンセットが目についた。何人かの人が家にはいるらしく、にぎやかな声が聞こえる。すると庭先から声をかけられた。
「あら、巡礼路の人?ここいらじゃ珍しくはないけど、こんな時間に歩いているのは珍しいわね。大丈夫?」スペイン語でそんな風に聞かれたのだという。
「あぁ、もし邪魔をしたのならごめんなさい。そう、私は巡礼路を歩いていて、楽しそうな音楽が聞こえてきたから……いつもならとっくに寝ているのだけど、今日はなんだか眠れないし、つい最近亡くなった母に猛烈に会いたくて、どうしたらいいのかわからないからとりあえず歩くことにしたんだ」
そんな風に答えながら、アルゴの目からは涙がポロポロと落ちていたのだそうです。自分でも気づかないまま。
「なんてこと」それがお国柄なのか、その人の人柄なのか。アルゴの言葉を聞いて、その声の持ち主は庭先から出てくると、何も言わずにアルゴを抱きしめたのだといいます。アルゴは大柄の黒人男性です。目の前でさめざめと泣く見ず知らずの成人男性をいきなり抱きしめるなんて普通はあまりできないこと。しかも、ドロドロに汚れている。でも、彼女にためらいはなかったとアルゴは言います。そして、自分でも見知らぬ土地で、見知らぬ人、しかも母親と同じくらいの年の女性に唐突に抱きしめられて、普段ならば絶対にそんなことはしないのに、なぜかその時は、抱きしめられるまま、ただただ泣いたそうです。義母が亡くなってから、声をあげて泣いたり、苦しくて叫ぶように泣いたりしたことは何度もあったけれど、静かにただ涙がこぼれて止まらない、そんな泣き方は初めてだった。どれくらい泣いていたのか自分でもわからないけれど、しばらくしてからアルゴは、小さな声でありがとう、と言い涙を拭いた。その女性はにっこりと笑うとこういったそうです。
「大変だったのね。ね、よかったら少しだけ私たちのパーティに参加しない?今日は私の50回目の誕生日で家族や友達と集まってお祝いしているの。今のあなたは美味しいワインと食事、そして少しばかりの休息が必要だと思うの。もちろん、無理強いはしないけど。あ、そうだった、自己紹介をしなくちゃね。私の名前は、ローナよ、あなたの名前は?」
その言葉を聞いた瞬間、アルゴは膝から崩れ落ちたそうです。私もその話を翌日、電話で聞いた時に全身に鳥肌がたちました。なぜなら。亡くなった義母の名前は、ローナ。彼女の誕生日は10月1日。そして、もしも義母が生きていたら、彼女は50歳になる日。
そんなことってあるの?私ですら叫びました。アルゴはこれはきっとママが、もう少しだから頑張りなさいと、送ったメッセージなのだと思ったそうです。あまりにできすぎていて、言っても信じられないだろうから、といってアルゴはその女性からわざわざ名刺まで貰って帰ってきた。
奇跡、運命なんてものを信じていないように、私はこれといった宗教も信じていない。だがしかし、さすがにこれは何かあるって言うしかない、というもう一つの事実がある。10月1日という日。数えたら、義母の亡くなった日から49日目だったのだ。仏教では人が亡くなるとあの世で7日毎に極楽浄土へ行けるかの裁判が行われ、その最後の判決の日が49日目なのだという。義母はもちろん、仏教徒ではないし、義母の死から日々がとにかく慌ただしかったから、仏式での行事をカウントしたことはなかった。私が改めて日付を数えたのは、アルゴが出発して以来、日記にDay 1, Day 2~といったように日付の横に日数をカウントして書いた。だから、ふと、あれ?これって数えたら49日とかになる?まさかねぇ……なんて軽い気持ちで数えてみたら、再度、全身に鳥肌がたったのでした。

現在は夫となったアルゴですが。彼曰く、いつかまたこの巡礼路を歩きたいといっています。夫婦で。話によると途中で公共の交通機関などを利用したり、バスツアー的なものもあるらしいので、そういうのを利用ならイイデスヨ、徒歩は無理でしょと伝えてあります。今回、ハッシュタグで使用した#一度は行きたいあの場所。El Camino de Santiago、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路、一度は行って、アルゴが散骨を行った場所で手を合わせてみたいと現在の私が思っている場所です。
長くなってしまったけれど、読んでくださってありがとうございます。最後にアルゴが見た風景と詩を張り付けておきます。

