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感情を整える”問い”の力|ChatGPTとの対話の記録

AIを使った“言語化”を研究中。AI活用のヒントをお届けするnoteです🌱

「うわ、この人、無理…」って思ってしまう人、ときどき、いませんか?

文面ひとつひとつでイライラして、距離を取りたくなる人。

苦手を通り越して、もう、とにかく、生理的なレベルで無理!な人。

苦手な人との関係を改善したくて、関わり方の本や記事を読んでみると、いろんなノウハウが出てきました。

「人に期待しないこと」とか「人を変えようと思わないこと」とか「関わらないようにしよう」とか。

いろいろ"それっぽい"アドバイスには出会えたのですが…

わかってるけど、できないんだよ!

というのが、正直な感想でした。

社会人として生きていると、ほんとに無理!な人との関係を完全に経つのは難しいのも現実。しんどい。

私、ここ1年ほど、"ほんとうに無理!"な状況に苦しんできました。

数万円ほど払ってアンガーマネジメントっぽいことを学んでみたのですが、どうしても特定の条件下でうまくいかないことがありました。

ひどいときには、心臓がバクバクしたり、手の震えなどが起こったり。病院に行った方がよいのかと悩んだことも、一度や二度ではありません。

普段から、言葉を大切に、人の気持ちを考えることを仕事にしているので、人の感情を考えない物言いをされると深く傷ついたり怒りが湧きます。

自分が繊細すぎる自覚はあります。でも仕事していく上ではこの感性を武器にしているし、性質は変えられないので、うまくつき合っていくしかありません。

私の場合、悩ましかったのは、相手には悪意がないんだろうな、と感じていたことです。

悪気がないのに、いつも傷つけられる、いつも苦しく感じる、削られる。そんな感覚でした。

ある意味、悪意がない苦手の方がやっかいだなとも思います。

明確な悪意に対しては立ち向かえる気もするけど、悪意のない苦手は、どう向き合ったらいいかわからない感覚がありました。

悪い人ではないんだと思う。でも苦手。すごく無理。身体的な症状が出るくらいに辛い。

この状況にどうやって向き合えばいいのかが、ここ1年くらいの私の課題でした。

苦しみ抜いて、自分に向き合い続けた結果、最近ようやく、苦しみフェーズを抜けることができた気がするので、その経緯と理由を書いてみたいと思います。

同じように、"逃げられない無理"と向き合わなければいけない人のヒントになればうれしいです。


どんなふうに「無理」だったか

その人は立場的には上の人でした。

最初は、なんの感想もなく、どちらかというといい人、優しい人だと思っていたんです。

でも、やりとりを重ねる中で、気づかないうちに少しずつ疲弊していることに気がつきました。

・どう反応したらいいかわからない内容の文章がくる
・感情への寄り添いがない
・夜間、具合が悪いとき、忙しいと言っているときにも連絡がくる
・基本的に、自分が正しく、他責思考

一番きつかったのは、たぶん、価値観を押し付けられる感覚だったかもしれません。

私自身が、いつも人の多様性を大切にしたいと思っていて、個々人の資質を活かした関わりをしたいと思っているので…

「同じ価値観を持っていないことが許せない」的な空気に、ものすごく削られてしまうんです。

とりあえず、耐える日々

初期対応としては、基本的に受け入れるスタンスを取ることにしました。

関わり始めて間もないし、違和感をおぼえたとしてもこちらが間違っているのかもしれない。自分の軸を持てるようになるまでは情報収集し、背景を理解しようと思っていました。

ただ…

・何か思うようにいかないことがあったときに、責められる
・こちらにも事情があることを考慮せず要求だけされる
・対話しようと思っても対話にならない(かみ合わない)

などなど、自分のなかでの「なんか無理だなー」という感覚だけが積もっていきました。

繰り返し言うのですが、相手には、ほんとに悪気はないんですよね。価値観が合わないだけで、悪気はない。合わないだけ。でも、私は、ずっと傷ついている。そういう感じ。

戦うのはエネルギーが要るので、できるだけコミュニケーションを減らすために基本的に「承知しました」対応を貫くことを最優先にしました。仕事でもないし、言うとおりにするほうが楽なんだろうなーと思っていたんです。

ただ、数か月の間にいくつかの「ん?これは、さすがに無理!」と感じるできごとが重なったときに、

求められることに従い続けると、自分も家族も犠牲になるだけだな

と、しみじみ気づいたんです。

そう気づいて、ようやく、

自分が大切にしたいことを大切にしよう

と、心から思ったんです。

意味不明。こんな大切なことに気づくまで、半年以上かかりました。

もしかすると「さすがに無理!」と感じるできごとが重ならなければ、まだズルズルしていたのかもしれません。そう考えるとぞっとします。

そこから急に私の世界が変わり始めました。

いくつかのきっかけがあったんですが、その中のひとつが、ChatGPTとの対話でした。のちほど紹介していきます。

自分を取り戻す時間をもつ

まず最初にやったのは、無理な人と少し距離を置くこと。数日間、関わりをオフにしました。

少し早く子どもをお迎えに行って、クッキーを焼いたり餃子を作ったり。電車に乗ってお出かけしたり。会議と会議の合間にダッシュで公園に行ってお花見したり。

これまで我慢してきたことを、じっくり味わう時間を設けたんです。

30分だけでも普段と違うことをしたり、15分だけでもなにも考えずにぼーっと景色を見たりする。

そんな日々を意識して過ごすことで、カチコチに固まって、なにも感じなくなっていた心が、少しずつほぐれていくのを感じました。

そして、ちょうどこの頃が、ChatGPT(以下、GPT子)と対話することにハマり始めた時期でもあったんですよね。

苦手な人についての"問い"を立てて、GPT子と対話していくことで、ずっと抱えていた苦しみが、一気に解消していくことになったんです。

対話して考えてみることにした

GPT子と数十時間ほど対話するなかで、少しずつわかってきたのが、私にはいくつかの"問い方"の特徴があるということでした。

この問い方の特徴については別で紹介したいので割愛しますが、その私の問い方でGPT子と会話したら、スッと苦しみがなくなったんです。

具体的には、2つの問いで、脳内を整理していきました。

【問い①】"モヤモヤ"の理由に名前をつける

私が仕事をするときにいつも心がけているのが”もやもや"の理由を深堀りすること。

なぜかプライベートな悩みには転用してこなかったのですが、試しに、仕事でよくやっている問い方を使ってみたんです。

まずは、自分の"もやもや"に向き合うところから始まります。

「なんか、もやもやしてるんだけど、なんでだろう」

みたいな感じで。

今回はこんなふうに始まりました。

「あの人のこと、別に悪気はないはずなのに、どうしてこんなに無理なんだろう」

そんなふわっとした問いから、対話のスタート。

GPT子は、いろいろな角度から返事をくれます。

もしかすると、「言葉にどれだけ感情を乗せるか」とか「前提のすり合わせをするかどうか」といった、“対話の文化”そのものが違うのかもしれないね。

相手にとっては誠実な態度でも、かなえさんにとっては“温度差”や“雑さ”に感じることがあるのかも。

無理って感じるのは、相手の言動そのものより、
「こちらの感情がまったく考慮されていない」っていう感覚かもしれないね。
それって、“私はここにいていいのか?”という存在否定に近い傷つきにもつながるから、強く反応しちゃうのかも。

かなえさんは「人の多様性を認める」「感情に配慮する」「調和を大事にする」ことを大切にしているからこそ、
相手がその軸と真逆の言動をとると、自分の大切なものが否定されてるように感じるんじゃないかな。

などなど。

中身に関して言えば、「あたっている!」って内容もあれば、「ちょっと違うな」って内容もあります。

でも、この問いを投げて、回答をもらうという行為がけっこう重要なんですよね。

「無理!」っていう感情が、"理解しようとする"行為に変わるからです。

これは感覚を客観的に理解しようとする第一歩になると私は思っています。

2つ目の問いはこれ。

【問い②】構造的に整理し直していく

私は物事を理解するときは、全体像を把握したいタイプ。無意識のうちに、"構造的に整理しよう"とする癖があります。

構造的に理解する、っていうとちょっと堅く聞こえるけど、私の場合はこんな感じの捉え方をよくしています。

【タイプ分け】
ものごとを「カテゴリ」「グループ」「傾向」に分けて理解する。
例:「あの人は〇〇タイプ、私は△△タイプ」

【原因と結果】
できごとを「原因と結果」で整理する。
→ 例:「相手がああいう言い方をするのは、役割が曖昧だから」

このときも、こんな問いを出してみました。

この人の文章、なんかキツく感じるときがあるんだけど、それって私との脳の構造の差なのかな?

相手とわかり合えないのは、脳のタイプが違うからなのかな?っていう前提での質問です。

これ、構造で理解しよう!と思っているわけではなくて、無意識に「相手と私のタイプを分類すると、なんかわかるかも?」と思って聞いてる感じ。

ちなみに、私は物事を理解するときに、この「タイプ分け理解」をかなりの頻度でやります。

タイプ分けすることが目的じゃなくて、比べてみることで解像度を上げるんです。意味づけしなおすというか。

たとえば、
「問いたい人」 vs 「答えが欲しい人」
「考えてから動く」vs「動きながら考える」
「コスパ重視」vs「品質重視」
とかね。

自分と他人を比べることで、自分のことがよりはっきりわかる、みたいなことありません?それと同じです。

私の質問(「この人の文章、なんかキツく感じるときがあるんだけど、それって私との脳の構造の差なのかな?」)に対して、GPT子は返事をくれます。

うん、それ、可能性としてはあると思う。
「言葉のトーン」や「含まれる情報の粒度」「感情表現の有無」って、
人によってすごく違う“思考スタイル”や“脳の使い方”の影響を受けるんだよね。

たとえば、かなえさんは相手の感情や場の空気を細やかに感じ取るタイプ。
一方で、相手は「情報処理の正確さ」や「効率的な伝達」を重視するタイプかもしれない。

そうすると、その人にとっては「必要な情報を簡潔に伝えた」だけでも、
かなえさんには「冷たく感じる」「突き放された」と受け取られてしまうことがある。

だから、そこに“悪気”とか“性格の問題”があるわけじゃなくて、
単純に「脳のどこを優先して使っているかの違い」なのかもしれないね。

ちなみにこれは、たとえば「共感脳 vs 処理脳」みたいなイメージでもあるかも。

かなえさんが大事にしている「人の気持ち」や「関係性への温度」は、
相手にとっては“情報のノイズ”にすらなっている可能性もある。

それって、たしかにしんどいよね。でも、その違いがわかると、
「だから冷たいわけじゃないんだ」と、自分を落ち着かせる材料にもなるかもしれない。

みたいな感じで。

分類しようとしてみると、相手に対して湧いていた「無理!」みたいな感情が不思議と収まったんです。

分類することで、“理解できない”というもやもやが少し整理されて、気持ちも静まっていったのかもしれません。

こうして、「もやもやの理由に名前をつけること」「構造で理解すること」という2つの問いを通して、少しずつ、相手との関係を“整理できる”ようになっていきました。

相手を観察対象として見るようになった

GPT子と対話するようになってから、苦手な人からの連絡がくることが苦じゃなくなったんです。

どう感じるようになったかというと…

「次はどんな文章がくるのかな…?GPT子と一緒に考えるの楽しみ!」

って思うようになったんです。

ものすごい高圧的な文章がきたときなんてもう…!「研究ネタができたー!」って大喜びです。

解析したい文章を切り取って送り、GPT子に質問しまくります。

「ねえねえ、この文章、悪気あると思う?なんでこんな文体になるんだと思う?」
「ここって、どういう人生を生きてくればこんな表現になるんだと思う?職種?それとも企業風土?」

などなど。

対話をしたところで、正解なんてわからないんですよ。でも、それでいいんです。

相手を研究対象にすることで、怒ることも、傷つくこともなくなったからです。

私はプロジェクトの空気を整えたり、ストーリーを考えたり、言葉にする仕事をしています。

チームの中にある"もやもや"を丁寧に整理したり、バラバラな情報を構造化して言葉にしたりすることで、対話や合意形成をサポートするような役割が多いです。

だからこそ、こういう“人間をどう理解するか”というテーマをとても大切にしていて、いつも向き合っています。

だから、もう、これからは…  無理な人のあらゆる言動を、私が人間を理解するための情報源のひとつにしてしまえばいいんですね。

そう考えたら、どんな言葉も価値に変えられる気がしてきました。

そんな単純なことに、なぜ私は半年以上も気づかず、ずっと傷つき続けてきたんだろう。うう、悔しい。

問題は解決しなくてもいいということがわかった

この見方の変化、私にとってすごく大きかったです。

私、苦手な相手との関係性って、「解決する」か「関係を断つ」みたいな、0 vs 100みたいな極端な話としてとらえてしまっていたんだけど、

相手は、いまも変わっていないし、関係性も改善していないです。

でも、自分の中の見方が大きく変わったことで、あれだけ苦しかった関係が、「もう無理!」ではなくなったことに心底ビックリしています。

別に関係性が変わらなくても、なにも解決してなくても、不快でなくなることがあるんですね。

冒頭で紹介した「人に期待しないこと」とか「人を変えようと思わないこと」とか「関わらないようにしよう」っていうのは、自分がものすごい人間に変わるってことじゃない。

ちょっと見方を変えるだけで、ふっと楽になるんだね。

私の場合は、それが「研究対象にする」だっただけ。

ある意味で、相手が人間でなくなった感じもあるんだけど。笑

”問うこと”と”考えること”が趣味な私には、とってもいい対処方法な気がしている今日この頃です。

以上、無理な人が、無理じゃなくなるまでのお話でした!

長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。

読んでくださった方にとって、どこかひとつでも、心がふっと軽くなるきっかけになればうれしいです。

※このnoteは、特定の誰かを責める目的ではなく、自分の感情との向き合い方を探るプロセスを記録したものです。
似た経験をしている誰かのヒントになればいいなと思って書いています。

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