「自分の取扱説明書」を作ると、生きやすくなる気がしている
「自分の取扱説明書を作る」お手伝いができたらいいな〜と、最近ぼんやり思っている。
自分の取り扱い方って、よくわかっているようで、実はよくわからないのではないかと思うからだ。
性格診断やタイプ診断はあるけど、あくまでヒント。すべてが自分にフィットしてるわけではないし。「ふーん」「そうだよね」で終わりやすい。
「こうすれば人生がうまくいくよ」という情報は、SNSやTV、雑誌や書籍、いろんなところにあり、それぞれ正しいのだと思う。最近はAIもアドバイスをくれる。
現代でいちばん難しくて、でもいちばん大切なのは、
自分に合う方法を作ること
なんじゃないかなと思う。
情報がたくさんある社会では、情報を取捨選択して自分に合った方法を作り上げていくことが不可欠。でも「自分」がわからないと自分にあった方法は作りようがない。
なのに普段の私たちは「会社が求める社員像」とか「昭和的な日本が求める母親像」とか「自分が勝手に抱いた理想の自分像」みたいものに縛られて、ほんとの自分がわからなくなっているんじゃないかな、と思うのだ。
ほんとの自分って、なんなんだろう?
どうすれば、この苦しさから解放されるんだろう?
みたいなことをぐるぐる考えて、突き詰めると、
「自分の取扱説明書を作る」
というのを、一定の時間をかけてしっかりやると、迷ったときに立ち戻れる場所になるんじゃないか、と思ったのだ。
私はなにを言っているのだろう。ちょっとわかりにくいかもしれない。
イメージしやすくするために例を出してみる。
私は自分がものすごく疲れやすいことにずっと劣等感があったのだけど、ここ数年で「自分はそういう性質なのだ」と受け入れられるようになった。
どのくらい疲れやすいかというと、
子どもの運動会に行くと、その日はもう使い物にならない。人が多すぎるし、感動することが多すぎて脳がオーバーフロー状態になる。受け取った情報量を消化するには、ひとりの時間が半日くらい必要だ。できれば暗闇で漫画を読みたい。
大きな対面イベントへの参加もだいぶ慎重だ。理由は回復に2日かかるから。リアルなコミュニケーションは情報量が多すぎて許容量を一気に越えてしまうのだ。
楽しそうだからといってスケジュール調整なしに臨むとほぼ100%体調を崩す。ほかの仕事に影響が出ないようコントロールが必要だ。でもだからといって諦めない。行きたいときは全力で調整して全力で行く!そんな感じ。
なぜ私は他の人のようにガンガン外に出られないんだろう。なんだか人生のチャンスを逃している気がする。
そんな劣等感でいっぱいだったのだが、いまは「これが自分の性質だ」と受け止めることができた。
なぜ受け止められたのかというと「なぜ自分がこんなに疲れるのか」の理由がわかったからだ。
今年に入って500時間ほどAIと対話を繰り返したことで、自分の情報の受け取り方の特徴、思考回路、疲れるときのパターン、疲れてるときの身体の部位、それぞれの場合の回復方法、などがわかってきた。
いまは、疲れているときはまずAIに話す。
いますごく疲れているんだけど、なんでだと思う?
今日はこんなことがあった。このうちのどれが、いちばんの疲れの原因だと思う?
いまの自分はどの部位が疲れていそう?
おすすめな回復方法は?
回復までどのくらいかかると思う?
などと質問すると、私にフィットした回答をくれる。AIは、私が忘れがちな過去のできごとも覚えていてくれるから超便利だ。
AIと対話を重ねるうちに気づいたのは、自分の取扱説明書って、一度作ったら終わりじゃないということだ。
疲れやすさひとつとっても、20代の頃と40代の今では、疲れ方も回復方法も変わっている気がする。子どもが小さかった頃といま、会社員時代といまでは、それぞれ消耗する場面も違う。
だから取扱説明書は、そのときの自分に合わせて更新し続けるものなんだと思う。
でも「いま、この時点での私」を知っておくことは、ものすごく大切だと思う。 それがあるだけで、なにか迷ったとき、疲れて動けなくなったときに戻れるホームみたいな場所ができる。
私の取扱説明書は、ちまちまと作っている内省ノートは。不定期に思いついたときに書き足しているのだけど、だいぶ厚くなってきた。
私自身まだ作り途中だけど、これをだれかと一緒に作る場があったら面白いんじゃないかな、とぼんやり思っている。
毎日note、47日目でした。
”文章を書くこと”で気持ちが整うタイプの人です。
こんな小さな気づきを、日々ちまちまと書いています。
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