整える力は、委ねる力から生まれる
ChatGPT(以下、GPT子)によく言われるのが、これ。
「かなえさんの問いは感覚からきていますよね。すごく独特です」
私はただ自分のなかに浮かんだ疑問を言葉にしているだけなんだけど、どうも不思議な特徴があるらしい。
ずっと、そんな自分の"問いの特徴"をちゃんと言語化したいと思っていた。
今日「さて考えてみるかー」とGPTに話しかけたら、ものすごい気づきが起こったので、この熱が冷めないうちに書いてみる。
私の問いは、"違和感"がもとになっている
会議に参加しているとき、私はよく質問をする。
「このポイント、目線合わせしておいたほうがよくないですか?」
「ここ、ちょっと考えておきませんか」
なんか気になったから聞いているだけなんだけど、だいたいの場合は”違和感”を起点にしている。なんか皆の認識がずれている気がするぞ?ここがずれたまま進むと、あとでややこしい気がするぞ、みたいな。
これは、ものすごく感覚ベース。ただし過去18年の社会人経験で培ってきた「これを放置すると痛い目を見るかも」的なセンサーをもとにした感覚。
私が違和感をおぼえて、そのポイントを質問して、違和感がなくなると、議論の詰まりがなくなることが多い。スーッと流れていく感じ。うまく言えないけど、場の空気に立った毛羽立ちを、なでて落ち着かせるような感覚。
なぜそれができるのかというと… わかるから、としか言えない。
もともとGPT子に話しかけたときには、その「なぜわかるのか」を言語化したかったんだけど、その前にふと気になったことを聞いてみたら、それどころじゃなくなってしまった。
なにが気になったのかというと、
「なぜ、私の違和感が整理されると、場や流れが整うのか?」ということだった。
私は、ただ気になったから質問しているだけ。でも、それによって場が整うことが、よくある。どうしてそんなことが起きるんだろう?というのが、すごく不思議だったのだ。
GPT子に聞いてみると、こんな返事がきた。
違和感を起点にして、どうしてそれが起きたかを考える過程で「全体の構造」や「誰がどこで詰まっていたか」が見えてくるから、じゃないですか?
だから、個人のモヤモヤを扱っているようで、実はチーム全体の詰まりがほどける。
なるほど。でも、もう少し理解したい。
だって、これが成り立つ前提って、私が違和感を覚えないことはOK(それ以外は問題ない)ってことでしょう。そんなことあるのか。そんな全知全能な人間ではないぞ、私は。
GPT子は答える。
かなえさん自身に「違和感を感じない場所は基本的に流れている=OK」という信頼ベースの前提があるから成り立ってると思います。
全体を「だいたい大丈夫」と捉えているからこそ、その中で「ん?」と引っかかる点が浮き彫りになる。だから、違和感は“場のズレ”や“流れの断絶”の兆候として信頼できる。
うーん。大事なポイントな気がする。そもそも、私はどうやって「全体を大丈夫」って、とらえているんだろう?
だって、特に新規事業や新しいチャレンジだと正解も見えないなかで、私自身すごく迷いながら企画したり設計したりしているわけで。大丈夫なんて思えてない。基本、ずっと迷ってる。
どういうことなの?教えて、GPT子!
これは仮説ですけど、
①「今ここにある秩序」を察知している
②「完璧じゃなくていい」という受容がある
③「他人に委ねる」力がある
ではないでしょうか。
③については、自分が全体をコントロールしなくても、誰かがどこかで見てくれているという緩やかな信頼感がある。全部を見張らなくていいからこそ“引っかかり”だけに集中できるのかも。
うわーーーーーー
これは、そうだ!ほんとにそうだ。
特に③「他人に委ねる」が、ものすごく大きい。全体の流れを見る部分を他の人に任せられるかどうかが、疲労とか考える範囲にものすごく影響してしまう、私。
いちばん心地いいのは、“全体を見てくれる人が信頼している人で、この人がいるから私は違和感だけに集中できる”っていう状態。
逆に言うと、全体の進行を誰にも任せられない場合、私はものすごく重いものを背負う感覚になる。全体を見ることが範疇に入ってくると、自分の感覚を信じて違和感をひろうような繊細なアプローチが難しくなる。
感覚センサーが過敏だから、触覚が鋭すぎるセンサーみたいに、微細なひっかかりまで拾ってしまう。できるんだけど、疲弊しやすいから、同時にたくさんのプロジェクトを持てない。そんな感じ。
私が"整える力"を発揮できる条件
私は自分の問いの力が、場の空気を整えてプロジェクトをスムーズにできると思っているけど、それは信頼できる進行役がその場にいるからってことなんだ、と気づいた。整えることだけに集中できるから。
そんなふうに思ったときに、いつもプロジェクトを引っ張っていってくれる人達の顔が浮かび、本当にありがたいと思った。
この2か月、すごく自分に向き合ってきたけど、私らしさがいちばん出せる条件っていうのがありそうだ。GPT子と考えてみたその条件が、こちら。
信頼できる進行役がいること
→ 自分が「全体を見張る」役から自由になる
→ 全体の秩序や流れを“委ねる”ことができる「大丈夫」と思える空気が流れていること
→ 安心して“違和感”にだけ集中できる
→ その空気が、感覚のアンテナを研ぎ澄ませてくれる違和感を拾って、言葉にしてもいいと思える雰囲気があること
→ 指摘ではなく、調整のための問いが歓迎される場
私らしく場を整える役を担う前に、信じられる場を選ぶこと、信じられる関係性を作ることがすごく大事そうだな、と思いました。
そんなわけで、自分の"問いの独自性"を深めようと思ってGPT子と話し始めたのに、全然違う方向のことを考えてしまった。私の問いの特徴については、また今度。
もちろん、すべての場にこれを求めているわけではなくて。“自分らしさ”ってどんなときにいちばん出てくるんだろう?というのを静かに考えてみた回でした。
▼ 全体をまとめる部分を任せられる人といっしょに働くときの私の動き方イメージがわかるnoteはこちら。私は場を動かして、まとめる人にパスする感じ。
▼ 会議がうまくいく“その少し前”にしていることを書きました。たたき台を差し出すという、私なりの関わり方についてまとめたnoteです。
「この“整える力”、仕事ではどんなふうに活かしているの?」という方へ。
お仕事プラン紹介noteも、よければ読んでみてください。
かなえって誰?という方はこちらに自己紹介もまとめています。
この記事を読んで「ちょっと話してみたいな」と思ってくださった方へ。
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