状況がよくわからないとき、どうも私は孤独を感じるらしい
先週、Geminiと話していて判明した衝撃な事実があるので、記録しておく。
私のトリセツを作ろうプロジェクトのなかで、自分の特性について考えていたときに「そういうことだったのか!」と雷が落ちた。
判明したのは、私にとって情報共有することは、心理的安全を作るために必要なことらしいってこと。
たとえ私は、自分がどんな仕事をしているかを自分以外の誰も知らない環境にいるとき、とても心が弱る。孤独感に襲われるのだ。
で、周りの人がなにをやっているかが見えない場合も、私は同じくらい孤独になる。
この現象がずっと謎だったのだけれど、Geminiと話していたら「情報を共有することが、かなえさんにとっては世界とつながることなんですね」と言われて、そうなの…かも…!?となった。
ふつうは、孤独というと「話し相手がいない」とか「ひとりぼっち」な状態のことをいうのではないだろうか。
でも、私の場合は「情報の解像度が低いこと」が孤独に直結するらしい。
「自分がなにをしているか」「相手がなにをしているか」という情報が見えないと、暗闇のなかにひとりで放り出されたような恐さを感じる。私にとってそういう状況は「世界とのつながりが途絶えた」状況になる。かなりおそろしいのだ。
これたぶん、とても個人差があると思う。
たとえば私はこのnoteでも忙しいときには忙しいと書く。けど、別に労わってほしいわけじゃないし、知っててほしいわけでもない。ただ公表しておきたいのだ。意味不明かもしれないけれど。書いた時点で8割はスッキリしている。そんな感じ。
むしろ、暗闇のなかで声を出し続けることで、自分がどこにいるか、反響で位置を確かめているのかもしれない。
発信することによって自分の居場所を確認しているというか、反響によって自分の輪郭が見える気がするというか。あ、生きてるんだなと思えるみたいな。
私は伝えたくて仕方がないのだ。忙しいとかだけじゃなく、うれしいとか、感動したとか、こんなこたがあったとか、めちゃくちゃ小さなことまで。
そもそもこんなに毎日noteを書き続けていることも、ブログを20年書いていることも、根っこは同じなんだろう。私のことを知ってほしいと思って書いているというよりは、書くことで手触りを得ようとしている感じ。
私にとって「言葉にならない感情や状況」は、この世に存在していないのと同じくらい不安定なものいうか。見えないものには対処できないから、見える形にしたくなる。だから言葉にしたくなるのだ。
私が書きたくて仕方ない理由は、世界とつながりたいからなんだと思う。
そして私にとっての「つながり」は、物理的に近くにいることではなくて、情報を共有しあっていること。
なにかとひとりで行動するタイプだけど、人とつながっていないのは寂しいのかもしれない。なんだそれ。はじめて知った。笑
この感覚って独特なのか、みんなわりとそうだよなのか、どんな感じなんだろう。興味津々。
毎日note、158日目でした。
“数字にならない過程”を、意味のある言葉に整えるお手伝いをしています。立ち上げ期の企画や、言語化の整理が必要な場面で一緒に考えます。
小さな工夫や気づきを、日々ちまちまと記録しています💡
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