「写真に写りたくない」の末期症状が来た40歳、5月はダイエット研究月間にする
今日は、まじめにダイエットの話をする。
このnoteの結論は「これからダイエットがんばるね」だ。でもこれまでとはまったく違うアプローチを実験してみることにした。
ちなみに、この挑戦をしてみようと思ったのは今朝で、先週の金曜日に担当編集のチカさんと話したおかげである。
パーソナル編集者の最終セッションで「かなえさんは大人の自由研究をしている人」という言葉をもらったのが大きな出来事だった。
そうか私は自由研究の人なのか…じゃあ5月の研究テーマはなににしようかな?と考えて「ダイエットにしよう」と思った。
半年遅れの40歳記念チャレンジということで、1ヶ月公開ダイエットをするので、夏に向けたダイエットをしたい人、いっしょにやりませんか?
「写真に写りたくない」の末期症状がきたから、ダイエットする
なぜダイエットをテーマにしようと思ったかというと、ここ1~2年ほど自分の写真をほとんど撮っていないことに気づいたからだ。さすがにヤバいと思った。
なにがヤバいかというと、私の人生において写真に写りたくないというのは最終段階だからである。
写真から逃げるのは、私にとっては現実逃避の一種なのだ。
そもそも写真は撮る方が好きなので、写真にはあまり入らない方ではある。でも痩せているときなら自撮りもけっこうするタイプだった。
3年前に下の子の断乳をしてから太る一方だったのだが「まあ、まだ大丈夫でしょ」「いまちょっと忙しいし」という謎のポジティブ思考で気づかないふりをしていた。
だんだんと肩のラインがひとまわり・ふたまわりと大きくなり、二の腕を隠す服を着るようになり、お気に入りのジーンズが入らなくなってきていたが、まだ見て見ぬふりをしていた。
極めつけはこのGWに行った息子の合宿である。私は自称カメラ担当として参加していたが、めちゃくちゃ写真に写りたくないと思っていた。
唯一写った集合写真を見たときに「顔、でかっ!」と愕然とした。私のイメージよりも3周りほど顔がでかかった。おかしいぞ。まだ大丈夫なはずだったのに。
これはいい加減やばいぞと思ったGWだった。ツラい現実に気づくのに2年ほどかかってしまった。
認めよう。いまの私はデブである。写真を残したくないほどに。
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自分が好きな自分に戻りたい
太ってくると、どんなことが起こるか。
おしゃれがどうでもよくなって、鏡を見るのも嫌になって、写真に入りたくなくなる。
私は人生を通して小太りだったけど、人生で3回だけ痩せていた時期があって、そのときの自分がいちばん好きだった。
その人生で痩せていた3回というのがなんだったかというと、大学時代に本気でサッカーをやっていたとき、結婚式の前後、そして授乳期である。
どの時期もしっかり運動をし、カロリーコントロールしていた。身体の調子を整えることを生活の優先テーマにしていた時期だ。
まあ授乳期は普通に食べていても痩せていくというボーナス期間なので痩せたにカウントしていいかは謎だが、有酸素運動や宅トレをしていたし努力はしていた。人生でいちばん自分の体型が好きだったのはこの時期である。
ちなみに、私の「痩せている」は日本の一般的な感覚でいうと「普通」だと思う。モデルみたいに痩せていた時期は人生で一度もない。BMIで20を下回ると体調を崩しやすくなるので、BMIで22くらいを自分的ベスト体重としている。
痩せていると、おしゃれしたくなるし、鏡も見たくなるし、自分の写真を撮りたくなる。無駄に自撮りしたくなるし、太ももが写った写真を残したくなる。
そういう時期の自分を知っているので、恋しくなるのだ。またあの時期の自分に戻りたい。自分いいじゃんと思いたい。
忙しくなると、ダイエットがどうでもよくなる問題
いまの私の大きな課題はここだ。目の前の仕事が忙しくなり、睡眠と休息をとるのがやっと、みたいな生活になってしまうと、ダイエットどころではなくなるのだ。びっくりするくらいに。
ここのハードルを越えない限り、永遠に痩せる日が来ない。
現実問題、ダイエットのために仕事を放り投げることはできないし、子ども達を成人させる責任ある親として収入を落とすわけにはいかない。
この忙しいなかでも自分を律していく力が、いまの私には足りないとずっと思っていた。忙しくても痩せられる自分にならないといけないのだ。
でもそのやり方がずっとわからなかった。いまこのnoteを書いている瞬間はやる気があっても、仕事モードに切り替わった瞬間にまた探求者モードの自分になってしまう。
探求モードに入ると、ほかのことがどうでもよくなり、目の前の関心事(主に仕事)にしか集中できなくなるのだ。
このモードに入ってしまうと、筋トレやストレッチをやるのがかなり難しくなる。気分転換に宅トレをするのも無理だ。少しでも多く仕事をしたくなるから。ダイエットに関連するすべてのことがめんどくさくなる。
「どっちの自分が好きか?」を聞いてみる作戦
ずっとそんな感じで諦めたり挫折してきたのだが、2026年5月、試してみたい方法を思いついた。昨日ふと降りてきた思考だ。
その方法とは、
ふとした瞬間に「どっちの選択をする方が自分を好きでいられるか」を自問する
だ。
たとえば仕事に疲れてヘトヘトになっている平日の昼間に「ほんとうはここでストレッチをして肩こりを防ぎたい」と思うとする。でも探求モードの自分はそれを許さず、次のSlackを読み始めてしまう。読み始めると仕事をやりきってしまう。
毎日これの連続だ。気分転換に散歩することができない。ダイエットを怠けているというよりは目の前の仕事を優先させたくなってしまう、の方が正しいのかもしれない。
でもこの探究モードのときに「どっちの選択をする方が自分を好きでいられるか?」と自分に質問すれば、自分がふっとゆるんで「とりあえず、席を立ってみようかな」と思う気がするのだ。
5月はこの「ふと気づいたときに自問する作戦」をやってみたいと思う。私の感覚ではうまくいきそうな気がしている。
そもそも私はビジョン型ではなくビーイング型なのだ。
「ダイエットのためにコツコツ継続する」みたいな目標からの逆算型の行動がめちゃくちゃ苦手。だけど「自分を好きでいるための目の前の選択を積み上げる」みたいな、あり方を優先させるスタイルならできる気がするのだ。
1週間後、1か月後の自分がどんなことを書いているかが楽しみだ。
毎日note、220日目。
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▼ 半年前くらいにこんなnoteを書いていたのだが、ここで思いついた解決策はまったく続かなかった
▼ そういえば4月はむくみ撃退をしようと思ってマッサージをしたりしていた(でも忙しい日、疲れている日はできなかった)
▼ パーソナル編集者の最終セッションはこちら
