へマムシ入道昔話⑥~お初、徳兵衛の恋も実り、いよいよ物語も大団円
蝦蟇の忍者といえば児雷也だが、といっても、今、児雷也ってなんのこっちゃという人の方が多いだろう。忍者児雷也の原型になったのが、妖術使いの天竺徳兵衛である。天竺徳兵衛の登場する本作品も、いよいよ最終回。
合巻「へマムシ入道昔話」(1813刊)、山東京伝(1761~1816)作、歌川国直(1793~1854)画は、和泉屋市兵衛から刊行された。
上中下三編六巻の現代語訳(意訳)を六回に分けて紹介する最終回。
これまでのあらすじ
南北朝時代(1336~1392)、応安の頃(1368~1375)、丹波の国のへマムシ入道の家へやって来た相模次郎時行の一子大日丸、別名天竺徳兵衛は、父の敵足利義教を滅ぼさんと蝦蟇の術を学ぶ。術を完成するには、豊前の大苫さが次郎の名刀波切丸と名鏡満月が必要だと言う。
大苫さが次郎の家臣天満由利右衛門の娘お初は、同じく家臣の粂野平内兵衛との縁談がまとまるが、お初には恋仲の平尾屋徳兵衛がおり、そこへ手紙を送る。
お初に横恋慕している油井駄平次は、泥九郎に命じ、腰元藻の花を殺し、手紙を奪う。藻の花の魂魄は池の鼈にとりつき、泥九郎を追う。
豊前の大苫さが次郎と豊後の菊池判官は、足利義教の命で和睦、判官の娘粧姫とさが次郎が結婚し、大苫家の家宝波切丸を菊池家に贈ることとなるが、姫の離魂病で結婚は延期。大苫家でも波切丸が紛失する。さらに満月の鏡も天竺徳兵衛に奪われる。さが次郎は足利義教の使者滝川左門之進に事情を説明し、百日間の猶予をもらう。
手紙を奪われたお初は平尾村に向かう。家宝の正宗の刀を盗まれ、自害しようとする平尾屋徳兵衛は、野晒悟助に助けられ、野晒は刀をさがし、お初を連れて難波に向かう。
粂野平内兵衛は、家宝波切丸を浪人の姿でさがす。
油井駄平次は、お初の手紙を平内兵衛に示す。野晒は平内兵衛に、お初を連れて来ることを約束する。
翌日、野晒は、お初は死んだと位牌を取り出す。駄平次を斬り殺した野晒は、平内兵衛に斬られる覚悟。平内兵衛は正宗の刀で位牌を真っ二つにして、正宗を返す。
泥九郎は、藻の花の魂魄のために狂い死にする。
第六回
二十五
よみはじめ ここにまた、豊後の国の菊池判官の館の庭には、山吹の花が、今を盛りと咲き乱れ、見るにあきない景色なり。
時に天竺徳兵衛は、蝦蟇の仙術を使って味方の者を蛙の姿にして、共に庭から忍び込み、声をひそめて言うことは、
「我、この館に忍び込んだのは、この館の主菊池判官を味方につけるためなり。もし味方にできぬときは、即座に斬り捨てるつもり、さりながら、心にくきはこの館の家臣尾形十郎真清なり。なにかあれば合図をする。それまでは忍べ忍べ」
と言いければ、従う蛙は皆水の中へ飛び込んで姿を隠す。後に残るは天竺一人、すっくと立ちいたるところへ、真清の妻袖垣が、ロウソクともしていできたり、
「やあやあ、そちは何者、怪しき姿」
と、とがめれば、
「おお、姿を隠すは易けれど、こうして姿を見せるのはわけがある。今諸国を徘徊し、仙術を使う天竺徳兵衛とは、おれのことだ」
「むむ、それがここへ何をしに」
「おお、判官に用がある」
「むむむ、わが君に用とはなにごとぞ」
「わが陰謀の味方につけ、連判状に加えるためよ」
「ややや、それは、まあ」
「さて、従わなければ斬るだけさ」
と、上から目線の雷のような声、
「すわ、ご主人の一大事、忠義をつくすはここぞ」
と、腹を据え、
「なるほど、ご主人の連判状への参加、私が請け負って、いたさせましょう」
「むむ、そちが」
「あい」
「ほほお、女に似合わぬ丈夫の魂が本当かどうかを見るのがこの鏡、本当のときは、その形が素直に映り、ウソをついていればその形がゆがむ、本当の気持ちを今から見せよう」
と、鏡に映せば、そこには大きな蛇の姿が現れる。
袖垣は、それを見ると逃げ出すが、逃がさじと追いまわし、倒れた袖垣、不審な顔は天竺徳兵衛、
「なんとも奇妙な、鏡に映るその姿、女と思えば蛇の形、おのれの本性は、巳の年巳の日巳の刻の生まれだろう。わが蝦蟇の仙術を破る大敵は蛇なり。恐ろしや恐ろしや。この腰の刀におぬしの血を浴びれば大変なことになる」
と刀を抜き放つ。
おりふし、二階からたらたら血が落ち、その刀にかかる、すると血潮は焔となり、炎々と燃え上がり、庭の草木鳴動し、多くの蛙が鳴き叫ぶ。
その騒がしさに「何事」と外の様子を見る尾形十郎真清。庭の外には深編笠の侍が、じっとたたずむその様子。
尾形十郎は、「二階の様子が気にかかる」と駆け上がると、離魂病の粧姫、二つの形の一つが自害、もう一つはそれを介抱、これまた不思議なそのありさま。
「こはそもいかに」
と驚く真清、自害の姫は、苦しき息をほっとつき、
「驚かれるのはごもっとも、今さら改めて言うまでもなけれども、私の姿はお姫様に似ているので、 次へつづく
二十六

前のつづき 姫と同じ姿となって、離魂病というのは、ご主人からの内密のお頼み。私は、もと丹波の国の木こり柴作というものの娘なりしが、十四のとき、父とともに村雲山へ柴刈りに行き、天竺徳兵衛に父を殺され、私は谷川に落ちたものの、不思議と命が助かり、ご縁があってこの館に奉公、お世話になって夕浪という名もいただき、恐れ多くもお姫様と同じ姿になし、起き伏しまで同じようにするのは、一家の人々にも本当の離魂病と思わせるため。
今聞けば、そこにいるのは天竺徳兵衛、袖垣様を巳の年の生まれと悟って恐れる様子、また、袖垣様は自害して、その血で天竺の仙術を破ろうと思われているようす。幸い私は、巳の年巳の日巳の刻の生まれなので、袖垣様に替わって、私の血潮を彼の刀にそそぎ、彼の術を破るため。それがご主人判官様の御難を救い、わが父柴作の敵を滅ぼし、仇を報わんためなり」
と、息もたえだえ物語れば、粧姫は泣き悲しみ、袖垣とともに抱きかかえ、尾形十郎真清も、涙に袖をしぼりけり。
先ほどより外にたたずむ侍が、笠を取って家に入れば、
「やあやあ、尾形十郎。われは先だって使者に来て離魂病の様子を見て、天竺の仙術のせいだと思っていたのが、わざと腰元を替え玉にして偽って、結婚の日を延ばすのは、足利義教公の命令に背く行為。
かくいう私粂野平内兵衛は、天竺徳兵衛を尋ね、難波からこの国までやって来た。編笠で顔を隠しここにいるのは、判官主従の様子をさぐるためなり」
と言えば、尾形十郎が言いけるは、
「珍しや、平内兵衛。その疑いは、こちらも同じ。波切丸の刀を紛失とは納得いかず。結婚にかこつけ姫を人質にするつもりかと疑い、姫が離魂病と偽って結婚をひかえたけれども、波切丸も満月の鏡も天竺の仕業ということ、今明らかになり、互いの疑いも、」
「おお、晴れもうした」
と、両人互いに納得し、袖垣ともに天竺を取り囲めば、仙術が解け、しばらく悶絶していた天竺徳兵衛、起き上がると歯がみをし、
「残念や。足利義教を滅ぼさんとの陰謀も、神変不思議の仙術も、ここにいたって滅するか、ええ、口惜しや、無念や」
と、怒りの顔で眉逆立ち、荒れに荒れたるそのときに、太鼓鳴らして登場は、大苫さが次郎、天満由利右衛門を従えて入り来て、 次へつづく
二十七

前のつづき 菊池判官は重々しく控えたり。
さが次郎は大音あげて、
「やあやあ、天竺徳兵衛、もはや逃るるところなし、とくとく汝が本名を名のり、奪い取った波切丸と満月の鏡二品をこちらへ渡せ」
と叫んだり。
天竺は、あざ笑い、
「こざかしや、さが次郎、今や隠すまでもない、我、まことは相模次郎時行、別名雷冠者の一子大日丸宗門という者なり。たとえ仙術破れても、腕に自慢の剣術で、うぬらは残らず斬ってやる、観念せよ」
と叫んで戦うと、水より蛙が飛び出して、味方の武者の姿となり、 次へつづく
挿絵は、
・袖垣の姿を満月の鏡に映すと大蛇の姿うつる。
・波切丸の刀に血潮かかれば、焔もえ、蛙なく。
・尾形十郎真清、様子をうかがう。
二十八

前のつづき 大日丸を救うために戦うが、さが次郎の家来、次々出てきて取り巻いて、手下を残らず討ち取って、さしもの大日丸も、運命つきて、ついにここにて討たれけり。
尾形十郎、腰元夕浪の忠孝を哀れみ、夕浪が自害した短刀で天竺徳兵衛の首をかき、粂野平内兵衛は波切丸の刀と満月の鏡をとって、さが次郎に奉る。判官とさが次郎は、互いに礼を述べ、この日は別れて帰りけり。
○かくして大日丸の首を滝川左門之進に贈り、刀と鏡を取り返したことを語れば、左門之進は大いに喜び、さっそく足利義教公に報告すれば、「いよいよ判官と結婚すべし」とのことゆえ、吉日を選び、婚姻し、両家むつまじく、万々歳とぞ栄えけり。
○粂野平内兵衛、尾形十郎夫婦に恩賞ありしことなど、詳しく記す紙数がなければこれを略す。
二十九

○さてまた足利義教公、菊池判官と大苫さが次郎に命じて、丹波の藻屑閑道人へマムシ入道を討ち滅ぼす。入道は蝦蟇の姿となり二人を食い殺さんとせしが、蝦蟇の仙術破れ、その怨恨は石となる。丹波の蝦蟇石というのはこれなりとぞ。
○よくよく調べれば、お初の腰元藻の花は、幼きときに別れたる野晒悟助の妹なり。お初はこれを聞いてますます悲しみ不憫に思い、あまたの僧で供養する。お初の夢で、藻の花は鼈に乗り光を発し西方に消えたり。これ成仏の印なり。
○粧姫は腰元夕浪の菩提のために、石で女の姿を二つ作り離魂病を表現し、その下に経文を埋め供養する。
されば悪人は天罰によってことごとく滅び、善人は難に会えども天の憐れみによって鏡のくもりを晴らし、再び出世する。だから、悪の道に行ってはならぬ。子どもたちよ合点か合点か。
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三十

さてまた、天満由利右衛門は、野晒悟助の忠義によってお初がしあわせを喜びたれども、粂野平内兵衛に遠慮し、別の娘を養女にし、平内兵衛と結婚させ親戚となる。
徳兵衛は正宗の刀取り戻し、つつがなく家を相続し、お初と夫婦となり、仲むつまじく連れ添いぬ。
めでたしめでたし。
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本当の天竺徳兵衛は、鎖国前の江戸時代初期の人物。
天竺は本来インドのことだが、彼はインドではなく、タイへ行っている。タイも天竺と言われていたので、天竺という名がついた。江戸の初めに海外へ行った人物なので、歌舞伎などでも使われ、いつのまにか蝦蟇の術を使う妖術使いにされてしまった。
もう一人の徳兵衛である平尾屋徳兵衛は、近松門左衛門の「曽根崎心中」のお初、徳兵衛をモデルとしている。
粂野平内や野晒悟助も物語によく出てくる男伊達の人物である。←男女差別と言わないで!
当時の人々がよく知っている人物を配して、その人物が出てくる歌舞伎の一場面のような挿絵を描いたのが山東京伝の合巻である。
まったく新しいストーリーを創出するのではなく、有名な人物、歌舞伎の場面などを組み合わせて描くのが山東京伝の作品の特色であろう。
歌舞伎にしても、新作の場合は別として、ストーリーはわかって見ている。新作にしても、すぐにニュースが伝わる。今のネット社会以上にうわさは伝わっていく。観客は、ストーリーよりも、その物語をどう表現するか、役者はどんな所作をし、見得をきるのか、そういうことを見に行く。ストーリーが一番ではないのだ。
黄表紙が取り締まられると善玉、悪玉の教訓を主題にし、黄表紙が廃れると、このような合巻で表現する。蔦屋重三郎だけでなく、山東京伝も、ただでは起きない江戸の人物であったろう。
善玉、悪玉が出る山東京伝の黄表紙はこちら、
