世上洒落見絵図②~しゃれたしゃれたの江戸のマンガ絵本
洒落とは、ダジャレのしゃれであり、オシャレのしゃれでもある。「しゃれたことを言う」とは、洗練されたことを言う、粋なことを言う、という意味になり、当時のオシャレなカッコイイことでもあった。そんなしゃれがいきすぎるとどうなるか。
黄表紙「世上洒落見絵図」は、山東京伝(1761~1816)作、菊亭画、寛政三年1791年に蔦屋重三郎から出版された。菊亭は、京伝の別名。
三巻三冊の現代語訳(かなり意訳)を三回にわたって紹介する二回目。
中巻
六

狐なぞも大しゃれにしゃれてきて、狐の方から罠をしかけて、狩人をつかまえる。というのはどうやらウソらしいけれど、深川の壬生狂言などにも出ているのはたしかなことなり。
それだからこそ、流行の三味線の歌に、
「♪狐をうかそ、こんこんちきちき、こんちきち」
とは言わず、
「♪狩人うかそ、かりうどちきちき、かりちきち」
と、はやす。
狐、罠へ銭をつけて狩人をつかまえる。
狩人「二百文とは、こいつ、ありがた山下で、鉄砲がはなせるわえ」
と、狩人らしいしゃれを言う。
狩人「ああ、こうもあろうか。見渡せば、ずくと小銭をかきまぜて、二百ぞ春の二朱き(錦)なりけり」
狐「さてさて、狩人のしゃれというものは、聞いていられないものだ」
七

狐は、だんだんしゃれてきて、男を化かすのはおもしろくなく、どうせ化かすなら、よい女郎を化かして遊ぶのがいいと、色男に化け、女郎買いにくる。
女郎も、またそのうえをいく大しゃれにしゃれて、狐ということを承知で客にする。
女郎「もしえ、遠慮しなんすな。ぬしがコンコンだということは、わっちもとうに承知でいんすけれど、お狐さんでもなんでも、客にかわりはおっせん。ここに出された金も、きっと木の葉でおっしょうが、木の葉でもなんでも、金として通用すればようおす」
と言えば、さすがの狐も、おおきにへこみ、しゃれには上には上があるものと感心する。
女郎「今どきの人間のお客は、あまくはいきんせん。それだから、ぬしたちのようなお客をうれしがりんす。
これ、あの子、禿や、この金が木の葉になる前に、早く質屋にもっていって、この前の襦袢と鏡を受け取って来や。遅くなると木の葉になるぞよ。むこうで木の葉になるぶんには、かまやあしねえ」
八

昔は、鳶が油揚げをさらうといって、みんな注意したものだが、こんな大しゃれの世の中なので、今は鳶もしゃれてきて、油揚げをさらうようなさもしいことはせず、魚屋で、値段の高い初鰹をポンと買い、雲の上で宴会をする。その鰹の頭を、人間がさらって食うとは、こりゃどうだ。
ちょうど、鳥をつかまえる鳥さしがこれを見つけたが、冬の鳶なら金にもなるが、夏の鳶は五文にもならないと思いしが、鳶がよそ見をしているすきに、そばにある樽をひっかけ、中にある鰹をうばいとる。
鳥さし「おれは、軽業師のエントツ掃除のようだ。鳥をとるとりもちで樽をとるとは、なんてこった」
鳶「芝の山の、しりきれ鳶も呼んでくればよい」
九

そうこうするうちに、みなみなしゃれてきて、二三月のまだはだ寒いころから、まだ蚊にならぬボウフラが出てきて人を食うので、蚊よけの煙をたてる。
山のいもが鰻になるといわれるが、まだ鰻にならない山のいものまま、かば焼きにして売る店ができる。なにかヘルシーな感じ。この店には、あまり人は入らぬが、生ものが食べられぬ坊様が何人もやってくる。それをねらった店なり。
十

あるいは、男が女性専用の血の道の薬を飲み、酒を飲めない下戸が酒を飲んだ後の水雑炊を食い、こいつはしゃれているだろうとうれしがる。
「これは中橋のまき薬か。ああ、血の道の薬は野暮ではねえ」
「酔い覚ましの水雑炊は粋なものだ。うまいうまい、これでおいらのような下戸に対して、酒飲みの上戸は酒も飲まずモチを食っているので、ちょうどつりあいがとれているだろう」
十一

昔は、ドロボウといえば黒装束、目だけが出る頭巾といういでたちだったが、今はしゃれて、なかなかの衣装なり。
昔は犬も、ドロボウを見ると、むやみやたらに鳴いたものだが、これもだんだんしゃれてきて、最初から吠えることはない。
犬「これ、ドロボウ、今夜は焼き飯(焼きおにぎり)をいくつくれる」
ドロボウ「五つばかりにまけておくれ」
犬「おいおい、なにを言っている。おれも、この町内ではよく吠える番犬として有名な犬だ。おぬしも名の知られたドロボウだろう。そんなみみっちいことを言わずに、もっと出さっしゃい」
ドロボウ「どうぞ、これでかんべんして鳴きやんでおくれ」
犬「十五よこさないとワンと鳴くぞ、それよしか、ワンワンワンワンワン」
ドロボウ「これこれ、そう吠えたらわりいわりい。おまえの先祖は桃太郎にきび団子を一つもらっただけで鬼ヶ島まで供をした。それから見れば五つでも高いものだ」
犬「桀が狗、堯に吠える。桀に飼われている犬は、主人のためなら、聖人の堯帝にもほえる。人に吠えるのがおいらの役目だ」
この犬、なかなかこしゃくなり。
十二

雷などもしゃれてきて、大きな音を出せば人間がやかましかろうと、ずいぶん小さくなり、たまたま落っこちたときは、近所におわびをしてから天に帰る。
男「おお、雷殿か、ご苦労でござる。いやはや、今の夕立で、ちょっとすずしくなりました」
雷「雷でござります。ただ今は、おやかましゅうござりましたろう。お隣はお留守のようでござります。はばかりながら、雷がごあいさつにまいったとお伝えくださりませ」
と、なかなか律義なものなり。
どんどんしゃれのいきすぎを描きながら、次回につづく、
