文武二道万石通②~寛政の改革の裏話、知らんけど
松平定信の寛政の改革(1787~1793)で、武士たちに学問と武芸を奨励したことを茶化した作品。
朋誠堂喜三二(1735~1813)作、歌麿門人行麿(生没年不明)画の黄表紙「文武二道万石通」(1788刊)、三巻の中巻の現代語訳の紹介。
文と武に分けられた武士たちと、どちらにもならないぬらくら武士はどうなるか。
中巻
六

ぬらくらの大小名を見分け、文武両道のどちらかに進めるべく、箱根の七湯へ湯治に行かせるよう、工藤左衛門祐経へ申しわたす。
一、このたび長生不老門に入りし人々、山の冷気に当たり不快になったとのこと、そのうえ山より落下した者たちも多くあるとのことで、箱根の七湯へ三×七、二十一日間行くことを申しわたされた。
月日 重忠これを奉ずる
工藤「長生不老のぬけ穴より出たる面々ばかりに申しわたすのでござろう」
結城「小名へは、わたくしより申しわたしましょう」
七

湯元のてい(ようす) アルカリ性単純泉、脚気、皮膚病に効果
あまたの大小名、七湯にわかれ、三×七、二十一日間、好きなことをして楽しむ。
重忠のはからいにて、鎌倉の女芸者を七湯へ配置し、飽きのこないようにする。
宇佐美の三郎、垣根の内で蹴鞠をすれば、うさぎの三郎みたいさ。
愛甲の三郎は、じゃんけんをしても、片腕が切り落とされたので、勝負がつかねえさ。
八

石臼屋の芸助という、なにもかも心得た男あり。諸大名のお気に入りとなり、このたび湯場へお供として来る。
香道で匂いを当てようとする、原小二郎。当たると思っている、よほどうぬぼれ小二郎よ。
佐原の十郎、茶の湯が飯より好きなので、朝からちゃっぽんちゃっぽんの、ちゃばらの十郎。
九

塔の沢のてい(ようす) アルカリ性単純泉
将棋を指している。
影ぼうしで見れば、みんな「十番斬り」の黒弥五のようだ。
影法師の女「曾我兄弟の『十番斬り』の風呂屋の段を語っておくれ」
影法師の男「おれが語れば、風呂屋の段ではなく、黒弥五段だ」
竹下「しばらく待ちたまえ。飛車手、王手をかけられて、竹の下まごつき左衛門だ(竹の下孫八左衛門)」
茨左衛門「待った待ったはナシの二十世紀」
十

めくりかるたをしている。
男「先祖のめくりやの三郎(御厨三郎)より伝わるめくりかるたさ」
男「おらが先祖は、かるたよみの宿禰(野見宿禰)」
男(七つ星の紋)「家系図は、さるところからもらったものさ」(系図の貸し借りでもめて、佐野善左衛門が田沼意知に斬りつけたといわれる)
土肥の弥太郎、やたらに連歌を口ずさむ。
御厩のとく竹、平山も連歌を続ける。
十一

堂ヶ嶋のてい(ようす) 脚気等に効果
太鼓の男「ヤーハー、おれのかけ声は、矢羽根の紋所で、矢ア羽アだ」
安西の弥七郎、太鼓の役。
乱舞(能)は少し古くさい。
土肥の千二郎、喜多流の舞を舞う。
網をうつ男「名字が三浦だから、三浦半島での漁は得意さ」
釣りをする男「おれの名は亀甲、亀がかかるのはごめんだ」
伊豆の二郎「今日は出ずの二郎だ」
十二

宮の下のてい(ようす) ナトリウム・塩化物泉、頭痛、肩こり、腰痛等に効果
大藤内「新開荒四郎で、しんがいの笑わせ郎ってのは、どうだ」
荒四郎「これはまいったまいった」
石臼「的はすっきり大藤内で音がない。太鼓ばかり鳴って大藤内成景さ」
弾きながら首を振る振るふるや五郎
十三

木賀のてい(ようす) アルカリ性単純泉、塩化物泉、炭酸水素泉、神経痛、婦人病等に効果
江間小四郎義時「しゃんしゃんしゃんしゃん」
醒「箱根はコマドリを買って飼いたい」
天野「わたしはウズラがほしい」
十四

底くら(底倉)のてい(ようす) ナトリウム・塩化物泉
土屋三郎「坂田半五郎の演技はどうだ」
若衆「じゃんけんぽん」
若衆「はっけよい」
男「こんな若衆が相撲を取ることはねえもんだ」
狩野「それ勝ったぞ」
若衆「くやしい。負けてばっかりだ」
登場人物は、鎌倉時代の人物や「曽我物語」の登場人物。今の時代に、昭和の俳優や歌手の名前を並べているように、当時の人々には、みんな聞いたことのある人物だったのだろう。(あっ、若い人には昭和の人物は知らない人もいるか……昔は、みんな同じドラマを見て、同じ歌を聞いていた。今は、ドラマの好みも歌の好みも、なんせ多様化の時代だ)
観光地である温泉場の様子を次々並べ、旅行にめったに行けない時代に、夢の旅への観光案内もしながら次回につづく、
