盧生夢魂其前日①~金々先生の元のさらに元を描く江戸のマンガ絵本
「盧生の夢」あるいは「邯鄲の夢」という故事成語は、人生のはかなさをたとえる言葉。
昔、中国で、盧生という若者が、出世しようと都へ行く途中、邯鄲で枕を借りて眠った夢の中で人の一生の人生を経験したが、それは粟が炊ける間のことだったという故事からきている。
こういう夢の話は黄表紙ではおなじみで、黄表紙のはじまりといわれる「金々先生栄花夢」も、この話のパロディーとなっている。それをさらにパロディーにしているのが、この話。
黄表紙「盧生夢魂其前日」は、山東京伝作、北尾重政画で寛政三年1791年、蔦屋重三郎から出版された。
三巻三冊の現代語訳(かなり意訳)を三回に分けて紹介する。
上巻
序
序に出まするは市川団十郎でござい
雨の降る夜はなぁ、ひとしおゆかし。なんと言わっせえます。草双紙の趣向に夢はもう古いと言わっしゃるのか。こりゃあ、こな様の言うとおりじゃ。じゃが、古きをたずねて新しきを書くのが、すなわち趣向の新しきというもの。古いと言わっしゃる、こな様が夢か、新しいと言う私の夢か。浮世が夢か、夢が浮世か、ああ、草子、笑止の荘子じゃなあ。チャンチャンチャン
としか言う。
よき夢を見ようと寝る亥の牀
正月二日夜 山東京伝述
一

昔、唐土蜀の国のかたわらに、盧生という者ありしが、貧しい暮らしをしており思い通りになにもならず、女郎を買いたくても金がなし、素人女を相手にしたくても男が悪く、うまいものを食いたくてもこれまた金がない、なにも楽しみがないので、日々、日本から輸入の新作の草双紙を求め、これを読んで気を晴らしていたが、先年出版の「金々先生栄華の夢」「見得一炊夢」などという本を見て、せめてこの本のように、夢でもいいから栄華を極めたいものだと、はかなきことを望み、これより、起きていることはムダなことと思い、栄華の夢を見ることだけを待ちながら暮らしける。
盧生「金々先生の夢も『見得一炊夢』の芦野屋清太郎の夢も、さてさておもしろい。なんと日本は夢の多いところみたいで、草双紙の趣向は、とかく夢がたびたび出てくる。まあ、本当の栄華をきわめることなんて思いもよらぬから、とにかく夢を見ることだ」
二

ここにまた、天界と人間界の中二階に、夢茶羅国という世界ありて、この国には多くの夢が住んでおり、いろいろさまざまな夢を考え、人間に見せることを商売とするなり。この国のお頭を、夢魂道人ともうしたてまつる。その夢の人間の形というものは、どうしたもんだといえば、男かと思えば女のようで、若いかと思えば白髪もあり、唐人かと思えば日本人のごとく、どこといって、つかまえどころのないものなり。
夜は言うにおよばず、昼寝のときにもちょびっとした夢を見せねばならぬので、夢ほどいそがしきものはなく、夢魂道人は、毎日毎日夢を考えて頭をなやます。
夢魂道人「このごろは、人間界の日本なんぞは学問が流行って、君子が多いというから、もちっとヒマになりそうなもんだ。『通人に銭なし、君子に夢なし』というからなあ。
とかく安あがりの夢を考えようと思うから、骨が折れる」
夢「この作者も、夢の衣装を考えるのに、だいぶ手こずったそうでござります」
後ろの文字
一 京の夢、大坂の夢 一式道具
一 地獄極楽の夢 一式道具
一 富見得の夢 一式道具
一 和漢吉凶の夢 一式道具
一 仏神御夢枕の薬等
御請負いつかまつり候
定
総夢道具人形
衣装入れ
蔵の中へ無用の者かたく入るべからず
三

夢魂道人、いろいろさまざまの夢を考え、夢たちに命じて、夢の道具や人形をこしらえさせる。そのいそがしさ、祭り前の準備のごとし。
右の夢「この松は、唐土は呉の国の丁固とかいう者が、腹の上に松が生える夢を見て、松という漢字を分解すれば、木ヘンは『十八』になり、十八年後に『公』の役職につき、当時の最高位の役職についたという松だ。けれど、中国の『蒙求』という本を読んだ者でなければ、この話はわからないだろう」
ちょうちょうになった夢を見た荘子の夢のちょうちょうは、自分たちでこしらえるまでもないといって、ちょうちょう売りから「そりゃ取った」というやつを買ってきてもちいる。当時は、ちょうちょうを売る商売もあったのだ。
中央のセリフ「この二本の矢は、源頼光に授ける水破兵破とやら曲馬評判とやらいう矢だとさ。『是』という字は、『日の下に人』という気どりだねえ。これは、豊臣秀吉をモデルにした真柴久吉に見せる道具だそうだ」
唐土の玄宗皇帝に見せる鍾馗の夢と、『曽我物語』の主人公矢根五郎に見せる、兄祐成の夢は、針金細工で人形を丈夫に作り、吉原の灯篭のようだ。
左下の夢「小僧よ、薬屋へ行って、接着の水にかわと、色つけの緑青と赤い丹を買ってこい」
四

夢魂道人「これこれ、それができたら後の仕事にかかってもらおう。後には、神のお告げと仏の夢枕と注文が二口ある。お告げの言葉は、ここに書いてあるとおりだ。はじめの『善哉善哉』と終わりの『ゆめゆめうたがうことなかれ』という言葉を、ずいぶん目立つように言ってもらいたい。まずは、子どもの人形をこしらえておくれ」
中央の夢「ぜんてえ、この夢枕の注文は、夢でもなく現でもなくということだから、この細工にはてこずるぜ」
熱のある人に見せる夢は、高いところからつき落される夢なので、やっぱり操り人形でこしらえるなり。これも念のいった夢の場合は、竹田のからくりの仕組みで、ぜんまい仕掛けにするなり。もっとも山は描いたものを使う。
寝小便をたれるときの夢は、人形のケツの穴へ水でっぽうをしかけるなり。だから、小便をする夢を見るときというと、なかなか出ないこともある。これは、水でっぽうの具合の悪いときと知るべし。また、寝グソをたれるときの夢も同じことなり。竹の筒に糠味噌をつめて、それを押し出す。心太の作り方と同じなり。
左の夢「こいつ、心太を売ってる店の看板みたいだ」
左の夢「こう、水でっぽうの調子がいいと、高級ふとんはたまらねえたまらねえ。こんな夢を見るやつはしょんべんたれさ」
五

道人「このごろ聞けば、神田あたりのさる儒学者が、みずから孔子きどりで、『我、いまだ夢にも周公を見ず(年老いて、尊敬する周公の夢も見なくなったと孔子が述べた故事による)』などと高くとまっているようだ。こいつに周公の夢を見せて、きもをつぶさせようと思う。また、吉原のさる女郎が、ほれている色男に会いたくて、せめて夢にでも見てえと、
いとせめて恋しきときは烏羽玉の夜の衣をかえしてぞ寝る
と、ゆうべも着物を裏返しにして寝たようだ。かわいそうに。これにも色男の夢を見せてやろう」
夢「それなら、この二つの準備にかかりましょう」
いとせめて恋しきときはむばたまの夜の衣をかえしてぞ着る
は、小野小町の歌。裏返しにした着物を着て寝ると、好きな相手の夢が見られると思われていた。
「烏羽玉の」は、枕詞「むばたまの」が本来の言葉で、「夜」「黒」を出すためのもの。本来の歌をアレンジして書いている。
夢の世界を描きながら次回につづく、
黄表紙の始まりといわれる恋川春町の「金々先生栄花夢」(1775年)の現代語訳は、こちら、
黄表紙の代表作、山東京伝の「江戸生艶気樺焼」(1785年)の現代語訳は、こちら、
これらの中に、他の黄表紙の紹介もあるので見てほしい。
