的中地本問屋②~夢のように売れる黄表紙があったならいいのに
江戸の地本問屋は印刷した本を大量に出版していた。その制作過程がわかる、十返舎一九作画「的中地本問屋」は、享和二年1802年、栄邑堂村田屋治郎兵衛刊行の黄表紙である。
上下二巻二冊の現代語訳(かなりの意訳)を二回に分けて紹介する最終回。
下巻
六

さて、これから草双紙の表紙をつけねばならず、これはみな子どもがする仕事なので、なかなかはかどらず、村田屋主人もこれには困り、なんぞよい妙薬がありそうなもんだといろいろ工夫してみる。
村田屋「はて、よい思案がありそうなもんだ。
表紙がけというやつは、竹べらを使って出っ張りを折り込むから、ちょっとむずかしい」
七

表紙がけには妙薬もなく、ふと思いついて、太鼓をたたいてはやしたてれば、かけるかける、表紙がけは拍子にのって次々できる。
♪拍子にかかってかけやんしょ、かけるは包丁、逃げるは追っかけ、お妾お手かけ、かかあはやきもち焼きかけ、旦那は妾に通いかけ、
♪そりゃそりゃ、かけるはかけるは、表紙をかけるは拍子にかかってかけやんしょ。どこどこどこどこ、どこすこどん
と、はやしたてれば、子どもはみなみなうかれだし、表紙がけはおもしろいと夢中になって、飯を食うことも忘れ、夜になっても眠くなることもなく、せっせせっせと表紙をかける。
村田屋「そりゃこそかけるは、表紙をかけるは、どこすこどんどん♪」
右の丁稚「おいらは踊りたくなった」
と、この小僧は、とんだことを言う。
左の鉦を持つ男「♪ちゃんちきちゃんちき、すっちゃんすっちゃん」
丁稚「表紙がけはおもしろい」
丁稚「今朝、ごはんをたべたきりだけど、ぜんぜん腹が減らねえ」
八

さてまた次に、草双紙をとじるのは女の仕事。これもなんとかしようと、いろいろと工夫すれば、昔、中国からきた七つに曲がった管に糸を通すには、アリに糸をつけて穴の中に入れ、反対の出口に蜜をぬっておけば、アリは蜜のにおいをかぎつけて、だんだんと管の中を通って出口へ抜け出たり。これを蟻通しという。このごとくしたらよかろうと、アリをつかまえ糸をつけ、本のとじ穴を通すつもりなれど、どうもそうそううまくはできない。この作戦はやめにして、口八丁手八丁という女、ばば、かかにとじさせる。これまた、まにあう様子なり。
村田屋「蟻通しのアイデアは、ちょいと考えすぎだったようだ。こいつはむずかしい」
女「この本はおもしろいよ」
九

草双紙売り出しの日は、本屋だけでなく、行商の者も使い、これには早く走れる韋駄天様のお守りを持たせて行かせれば、本が、思いのほかよく売れて、また次の本を持って店を出ると売れてしまい、一日に何度も帰ってきては次の本を持って出て、韋駄天様のお守りのおかげで、江戸中をかけまわる。本屋においても仕入れるとすぐに売れてしまうので、行商の者の後を追って、「こっちへ来てくだせえ」と引きずってくると、「いや、まずこっちへ先に来てくだせえ」と、しきりに引っぱる。あっちこっちと一日中ひっぱりだこに困りはてるくらいで、本もたくさん作っているので、足の限り、江戸中に卸してまわる。
右の本屋「たった今、置いていかしったそばから、もうじきに売れてしまったから、あるだけ買いましょう。こっちへ来てくだされ」
行商「これは無体な。まずここを放してくんなせえ、今にまいります」
左の本屋「いい女がこうして引っぱったら、まんざらでもあるめえ。親父だと思って、そうつれなくはせぬものだ」
十

村田屋の草双紙、大評判で、店先には人の山となり、さすがにたくさん仕込んだ本が、みんな売り切れてしまい、買い手を待たして、新しい本をとじるやら仕立てるやらで大騒ぎ、買い手の方も、「さっきから待っているのに、早くくだせえ」、「いや、まだとじていません」と言えば、「とじるのは自分でするから、そのままでくだされ」と持って行けば、「おいおい、こっちにはないのかい」「いや、今刷っています」と言えば、「いやいや、刷らなくてもかまわん、そのままでくだせえ」と、わけのわからぬことまで言い、おおきに店はもうかった。
十一

草双紙を売り出せば、蕎麦を買って祝うことが、どこの版元(出版社)でもすることなり。一九は、売り出しにともない村田屋へ呼ばれて蕎麦のごちそうにあずかる。
蕎麦は、いたって好物なので、いくらでも食べられる。今年から身代も蕎麦のようにのびる瑞相、まずはめでたしめでたし。
一九「版元もめでたい、おいらもめでたいめでたい」
作者十返舎一九は、ヤジさんキタさんの旅でおなじみの「東海道中膝栗毛」が歴史の教科書にも載っていて有名だが、ベストセラーの「膝栗毛」が出版されたのは、本作と同じ1802年(享和二年)の正月。まだヒットはしていない。人気が出る前だった。

本作は、作中では大ヒットをしたように描かれるが、それはご愛敬で、実際はそんなに売れなかったようだ。十返舎一九は文も絵もできるので、出版社には重宝されて多くの作品をつくっていたが、「膝栗毛」が出るまで、ヒット作というものはなかったようだ。
江戸の絵本、草双紙を擬人化した、山東京伝の出世作となった「御存商売物」はこちら、
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