書かずにはいられなかった。(1)
という、著者北村匡平氏がwebちくまから始まった「藤井風論 ー救済の音楽」。
来年の5月まで16回予定の中、先日3回目がアップされました。
そこには、なんと・・
自分の感情や心の中が、まるで言語化されたような・・・
同時に、初めて知ったことが、自分の細胞の中に沁みていくような・・・
言葉が、すーはーすーはーと呼吸する「生きもの」になっています♪
まずは、1回目の「プロローグ」。
かつて夢中で音楽を聴いたあの高揚感がよみがえる。(略)
心は弾み、体はリズムを感じ、あらゆるジャンルを抱き込む彼の音楽が、眠っていた感情や息をひそめていた感情を次々と呼び覚ます。(略)
かつて80年代や90年代に音楽を熱狂した人たちも、どこか懐かしい青春を取り戻した感覚になってわくわくさせられたのではないだろうか。
そうなんです。
なにかが目覚めてしまって、どうしようもない、この感覚。
それこそ、10代後半から20代の頃の現象。
こんなことが、こんな晩年に起こるとは???!!!
次に、2回目「越境すること」。
現実と虚構、裏と表、本音と建前ーそれらの境界を感じさせない自然体の佇まい。その透明性こそが、藤井風の最大の魅力のひとつだといっていいだろう。
彼のイメージを強く支える「ありのままの姿」は、偶然生まれたものではない。メディア環境と日常の実践が何年も積み重なって形成されたものなのだ。
なるほど、「越境」という言葉がぴったり。
まさしく「境界を超えるというよりも、境界そのものを解き放つ」。
美し過ぎますね。
全てが、「ひとつ」であることを体現してます♪
3回目、「包み込むこと」。
ファン同士が争い、傷つけ合う光景が目だち・・・
そう思っていたさなか2022年10月末、藤井風はSNSに短い動画を投稿する。穏やかな表情を浮かべながら、英語で、ただ一言、こう伝えた。
「Here's one rule,LOVE」
(ルールはひとつ、愛)
わずか5秒の言葉が、争いの温度を下げ、またしても一挙に終息に向かっていったのである。どちらかを優遇して愛でるのではない。対立を、優しさと至上の愛で包み、負の感情を浄化してしまう。真の救済とは、こういうことをいうのではないだろうか。
なんと・・・
まさしく、生きて呼吸する言葉。
「ルールはひとつ、愛」!!
今年の5月頃、やっと藤井風さんを知った者が・・・
こんなストーリーと、出会ってしまうと・・・
細胞に沁みてしまいます。
また同時に、以下、北村匡平氏が自らのnoteで綴られています。
なぜこんな「藤井風論」(Behind The Scenes)などとわけのわからない記事を書いているかというと、風もステージではキレッキレのパフォーマンスをする一方、オフの「ゆるい」姿を見せてくれるので(ステージでもたまに歌詞忘れたり寝っ転がったり「ゆるい」ですが)、それにあやかって(?)、なんとなく本番とは別の文章を書いてみたくなったのです。A面が表舞台なので、裏舞台のこのB面は目立たないところで、ひっそりと。
ありがとうございます。
藤井風さんと共に、今後も楽しみにしております。
どうぞお体ご自愛くださいませ。
いいなと思ったら応援しよう!
拙い文章を読んで頂いて、ありがとうございました。
できればいつか、各国・各地域の地理を中心とした歴史をわかりやすく「絵本」に表現したい!と思ってます。皆さんのご支援は、絵本のステキな1ページとなるでしょう。ありがとうございます♡