【S2|生命とデザイン】言葉になる前に、もう知っていた #2
◀ 前の回を読む
第2回|見る
「ね、それやめない?」
昔のパートナーに思わず言った言葉だ。
彼女は、ビジネス書の上に、アツアツのコーヒーのマグを置いたのだ。
「本をコースターがわりにするのは良くないよ」
「図書館で借りた本でしょ?別にいいじゃん」
「いや、そういうことじゃなくて、著作物にはもっと敬意を...」
「聞いてる?」
「聞いてない」
彼女は、とにかく本をぞんざいに扱う人だった。
私が、こうやってnoteを書くようになるより、はるか前の話。
小学生のころ、毎週日曜日、姉といっしょに、
電車に乗って町にある図書館に通った。
図書館にある児童書を片っ端から読んだ。
ミステリー小説、
SF小説、
子ども向け科学書、
図鑑、
その中でも、一番好きだったのは、
講談社の「まんが百科」シリーズだった。
学研の「ひみつシリーズ」の対抗馬として出版されていたもので、
図書館には両方あったが、なぜか私は、こちらのほうを好んで読んだ。
ノスタルジーではない。
当時の私の関心は、内容だけではなかった。
「どうやってこの本を作ったんだろう?」
「なんで、こんなに分かりやすいんだろう?」
つまり、編集の意図のほうに興味があったのだ。
そのころからだと思う、
本という著作物に、作った人の魂のようなものを感じるようになった。
本だけではない、
人が作ったあらゆるものに、魂が宿っていると。
そして、いまも変わらず、
私は、そこにあるものの中に、
誰かの手を見てしまう。
次の回を読む ▶
連載一覧(マガジン)はこちら
D4G Worksについて
私が運営する「D4G Works」では、デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
詳しくはこちら → D4G Works公式サイト
もし、そこにあるものの中に、誰かの手を感じてしまうなら。
それは、すでに構造を読み取っている状態かもしれません。
そうした見え方を、言葉にする前の段階から扱うこともできます。
→ 違和感の整理について
▼ こちらもぜひお読みください #1
▼ 「それは、初耳です。ウソです、知っていました」
▼ 魂を宿す話(無料ZINE)
