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【S2|生命とデザイン】言葉になる前に、もう知っていた #1

ずっと前の出来事を、思い出した。

第1回|なぞる


「カオルくんは将来思想に走るよ、気をつけなさい」

言われた当時の母は、心底不安になったに違いない。

父の病状が思わしくないころ、私はお寺に預けられていた。

お寺に一人で居てもつまらないだろうと、
和尚さんが檀家回りに連れ出してくれた。

事件は、そこで起きた。

4歳の私は、助手席で寝てしまったようだった。

車内には誰もいない。

何の気なしに、グローブボックスを開けると、赤い筒状のものがあった。

「なんだろう?」

これまた、何の気なしに、そこに書かれた絵の通りにした。

車内は、あっという間に白い煙に包まれた。

「カオルくん大丈夫か!」

ちょうど和尚さんが戻ってきたことで、
幸い大事故にはならなかった。

赤い筒は発煙筒だった。

「思想に走る」は私を迎えに来た母に、和尚さんが言った言葉だ。

まだ、学生運動が完全に下火にはなっていなかった1970年代。

「思想」という言葉は「危険な人」を表す言葉だった。

しかし、母の不安は的中しなかった。

私は「思想」とは程遠い人生を歩んだ。
むしろ、正反対の「感覚」の人になった。

ただ、こうやってnoteを書くようになって、

時々、あの発煙筒で焼けただれた、助手席のフロアマットを思い出す。

あのときも、
私は、意味もわからず、
ただ、そこにある構造をなぞっていた。

思想ではない。

もっと手前の、
何かだ。

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私が運営する「D4G Works」では、デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
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