【S3|身体性の哲学】ココロに響く声 —— 浸透する波長というデザイン #3
第3回|滲みる声
声には、質がある。
好き嫌いとも、上手い下手とも、少し違う。
ただ、心地よく感じる声と、そうでない声がある。
その違いを、
私はうまく説明することができない。
けれど、
身体は確実に感じ取っている。
滲みる声がある。
一気に届くのではなく、
粒子のように、ゆっくりと浸透してくる声だ。
主張しないし、押しつけもしない。
それでも気がついたときには、
内側に、確かに残っている。
滲みる声には、角がない。
丸いというより、
長い時間の中で余分なものが落ち、
必要なものだけが残った、
そんな質感をしている。
私は、
心地よいと感じる声には、
ある共通点があることに気づいた。
それは、
どこか自分の声に似ている、ということだ。
声は、完全に他人のものではない。
聞き手の中にある何かと共鳴し、
遠くから届くのではなく、
内側で静かに響いている。
だから、滲みる。
自分の声が、
どんな質を持っているのか。
それは自分では、案外わからない。
けれど、
心地よいと感じる声を辿っていくと、
その輪郭が、少しずつ浮かび上がってくる。
滲みる声とは、
完成された声ではない。
整いすぎていないし、
迷いや揺らぎも含んでいる。
それでも逃げなかった時間が、
削られた痕跡として、
そのまま残っている。
だから私は、
声の質を整えようとは思わない。
削られてきた時間ごと、
引き受けるしかない。
滲みるかどうかは、
選ぶものではなく、
伝わってしまうものなのだと思う。
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