【S1|形のルール】私がルアーを作る理由──形が生まれる前の話 #3
第3章 子どものころの憧れ
1.誰もが釣キチ三平の影響を受けた
私が小学生のころ、漫画 釣りキチ三平が大流行だった。
釣りをする誰もが三平の影響を受けていた。
技術としての釣りだけではなく、精神性も養われた。
リスペクトをもって自然と対峙する。
三平のピュアな釣り心に誰もが心を洗われた。
そんな、釣りキチ三平にはルアー釣りの回も多数あった。
2.芦ノ湖に近い環境ながらバス釣りには行けなかった
クルマがあればわけなくバス釣りの聖地、芦ノ湖に行けた。
しかし、ウチにはクルマがなかった。
父もいなかった。お金もなかった。
手が届く場所に機会があるのに、叶わないもどかしさがあった。
ディスカウントスーパーで買った安物のタックル。
バス釣りに行けないストレスを抱えたまま、田んぼでキャストの練習を繰り返した。
どんどん上手くなっていくのに魚に届かない。
3.スミスのルアーに憧れてルアーを作った
当時、釣り雑誌を賑わせていたのはスミスのルアーだった。
しかし、子どもの小遣いでは手の届かない値段だった。
しかたなく、見よう見まねでルアーを作った。
お世辞にもカッコよくも釣れそうにもなかったが、
バスに思いをはせるには十分だった。
4.結局、そのまま釣りをしなくなった
それらのルアーは結局フィールドで試されることはなく、
思春期にさしかかるにつれて釣りへの興味は薄れていった。
そこから数十年、釣りとはかけ離れた生活をしていたが、
突如、それが伏線のように呼び覚まされたのだ。
5.形にならなかったものが、残したもの
釣れなかったことも、
完成しなかったルアーも、
当時の私には失敗だったはずだ。
それでも不思議と、
手の中で何かを“つくっていた感覚”だけが、
消えずに残っている。
結果は出なかったが、
「つくるとは何か」という問いだけが、
身体の奥に沈んだ。
そして私は後に、
ものづくりとは少し違う場所で
「デザイン」という言葉に出会うことになる。
その違和感こそが、
次の章への入口だった。
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▼ 縄文人とルアーについて書きました
