【S2|生命とデザイン】進化を疑え──デザインから見たダーウィニズムの限界 #2
第2回 自然が見せる“かたち”の不思議
カモメとカブトムシ、マグロとマッコウクジラ---同じ機能を持ちながら、なぜ形はこんなに違うのか?
1.飛ぶという機能の多様性
空を飛ぶ生物といえば、翼を持つ鳥を思い浮かべるだろう。
カモメの流線的な翼は、空を滑空するために見事にデザインされている。
しかし、同じ「飛ぶ」生き物でも、カブトムシは全く異なる。
分厚い外殻をバサバサと開き、ぶっきらぼうな羽音を立てながら飛んでいく。
「最適解」とはほど遠い、しかし確かに飛んでいる。
ここにすでに、「機能が一つなら形も一つ」というダーウィニズム的な直線的発想への違和感がある。
2.海を泳ぐ者たちのかたち
海の世界でも同じだ。
マグロは流線型の筋肉質の体で高速遊泳を得意とする。
一方、マッコウクジラは巨大な頭部とがっしりした胴体で深海へと潜っていく。
どちらも「海を泳ぐ」という機能を持ちながら、そのかたちはあまりに異なる。
むしろ「泳ぐための唯一の答え」は存在しないのだと教えてくれる。
3.多様性は偶然ではない
ダーウィニズム的な物語では、淘汰の結果「より合理的な形」に収束していくとされる。
だが実際の自然を見れば、合理性よりも多様性こそが現実である。
それは単なる偶然の産物ではなく、環境・歴史・文化(人間社会なら風土や思想に近いもの)が絡み合って、無数のかたちが選ばれてきた結果だ。
つまり「最適なかたち」など存在せず、むしろ多様性こそが自然の戦略なのだ。
4.デザインの視点から見えてくるもの
椅子や建築、アプリのUIにしても、同じ「座る」「住む」「操作する」という機能を持ちながら、形は文化や時代によって大きく異なる。
そこに「唯一の正解」はない。
自然界のカモメとカブトムシ、マグロとマッコウクジラの違いを眺めると、私たち人間がつくるデザインと同じ原理が働いていることに気づく。
つまり、形態は「機能」だけでは決まらない。
5.まとめ──正解はひとつじゃない
要するに、自然も人間も「なんでもアリ」なのだ。
飛ぶのにスマートでなくてもいいし、泳ぐのにずんぐりしていてもいい。
むしろ、その“ずんぐり”や“バサバサ”にこそ味がある。
私たちが「正解は一つ」と思い込みがちな時こそ、自然はさらりと「いやいや、そんなルールないから」と肩透かしをしてくる。
それがデザインの面白さでもあり、生命のしたたかさでもあるのだ。
次回予告
第3回では、人間のプロダクトの歴史に目を向けます。
多様な「かたち」がせめぎ合った末に、時には逆に“均質化”してしまう──そんなデザイン史の瞬間を取り上げます。
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