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私は、たぶん世界の見方が少しおかしい

「なんでそんなことばかり考えてるんですか?」

と、最近、言われることが増えた。

自分でも、そう思う。

たとえば、普通の人がシャチを見たら、
「デカい」とか、
「怖い」とか、
「頭よさそう」
とか思うのだと思う。

でも私は、まず、
「なんでパンダと同じ配色なんだ?」
が気になる。

しかも、そこから止まる。
いや、止まってしまう。

別に、生物学者になりたいわけではない。
シャチ博士でもない。
タダのデザイナーだ。

なのに、
「なぜ生命は、そんな噛み合い方をするのか」
が、ずっと頭のどこかに残る。

正直、めんどくさい。

魚の腹が白いとか、
イカが光るとか、
そんなこと、
「進化です」で済ませれば、人生はもっと軽かった気もする。

でも、説明を聞いても、
私の中では、なぜか終わらない。

むしろ、そこから始まる。

「いや、それは分かるんだけど、なんでそこまで噛み合うの?」
みたいな感じで。

しかも厄介なのは、私は、
オカルト方向に行きたいわけではない。

むしろ、スピリチュアル化した瞬間に、
興味が冷める。

「宇宙が~」
とか言われ始めると、急に帰りたくなる。

〈いや、宇宙ではあるんだけど〉

そういう話ではなく。

私が気になっているのは、
もっと、運用されている現実のほうだ。

すでに、
魚は泳いでいて、
イカは光っていて、
鳥は飛んでいて、
地球は回っている。

その“普通に成立してしまっている感じ”
が、ずっと気になっている。

神が設計した、と言いたいわけでもない。

でも、ただの偶然、と言ってしまうのも、どうにも落ち着かない。

私はたぶん「正しい説明」が嫌いなのではない。

“説明されたあとの、世界が閉じてしまうあの感じ”
がキライなのだと思う。

だから、違和感が残るほうへ行く。
答えが出ないほうへ行く。

たぶん、性格が悪いのだと思う。

あるいは、腹の調子で世界を見すぎている。

でも、最近少し思う。

人間って、もともとは、
地球の構成要員としての感覚を、
持っていたのではないか。

知識ではなく、「なんか変だぞ」
を感じる側の能力を。

私は、その感覚を、
まだ諦めきれていないのかもしれない。


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D4G Worksについて

私が運営する「D4G Works」では、デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
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※「なんか違う」を無視して進むと、だいたいロクなことにならない。
最近は、そんな感覚を大事にしています。

D4G Worksでは、まだ言葉になっていない違和感や感覚を、構造として整理する伴走を行っています。

言葉になる前のものを、構造として捉え直す


▼ シャチとパンダの話はこれです

▼ ここでも白黒の話をしています

▼ 少しおかしいのはここにも表れています


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