ショートエッセイ:やさしいデザイン
「乗りま~す!待って~!」
と坂のうえから、
発車寸前の電車に向かって声を張りあげる。
すると、なんとあろうことか、
電車は待ってくれる。
私の実家の最寄りの、
とある駅で日常的に起こっていた光景。
30年以上前の話しだ。
いまも待ってくれるかはわからない。
始発から終点まで20数分しかかからないような、
超ローカル路線。しかも単線。
それでも、昔もいまも、
みんなの大事な足であることに変わりはない。
この「電車が待ってくれる」を当たり前に育った私は、
「待ってくれない」当たり前を目の当たりにしたとき、
心底驚いた。
そして、なんだか悲しかった。
「愛は負けても親切は勝つ」
たしか、カート・ヴォネガットが
そんなことを言っていた。
たぶん、車掌さんの裁量だったのだろう。
地域に根差した交通の、
ほんのちょっとのダイヤ乱れ。
何が大事で、何が大事でないのか。
何を優先すべきで、すべきでないのか。
私たちは、ルールという縛りを前にすると、
見えなくなってしまうことはないだろうか。
そういう意味で、
「待ってくれる電車」は、人々のことを第一優先にした、
やさしいデザインだ。
おわり
▼ やさしさは、静かに場を変える
▼ ほんの少し余裕があるだけで、生活はあたたかくなる
▼ 愛は説明できても、親切は計算しきれない
