私は、たぶん形を信用しすぎている
「いいカタチしてるなぁー」
ついコトバが漏れてしまう。
そして、まわりの反応は、きまって、
「え?どこが?」だ。
昔から、形が気になる。
色とか、流行とか、そういう話ではない。
もっと、
輪郭とか、
重心とか、
噛み合い方のほうだ。
たとえば、古い道具を見ると、
なんとなく、「しっかりしてるな」と思うことがある。
逆に、理屈は正しいのに、
形だけ妙に落ち着かないものもある。
うまく説明できない。
でも、身体が先に反応する。
たぶん私は、形を、
ただの見た目だと思っていない。
そこに、生き方みたいなものが滲む、
と思っている。
だから、
動物の模様とか、
道具の角度とか、
文字の並びとかに、
すぐ引っかかる。
シャチとパンダが、なぜ同じ白黒なのか、
みたいなことを、ずっと考えてしまう。
〈しつこいですよね〉
もちろん、形なんて、あとからいくらでも作れる。
ごまかすこともできる。
でも、長く運用されたものって、
結局、形に出る気がしている。
無理しているものは、
どこか歪む。
逆に、ちゃんと噛み合っているものは、
静かに落ち着く。
だから私は、たぶん、
形を見ているというより、“成立している感じ”を見ている。
そして、
それを、
少し信用しすぎているのかもしれない。
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D4G Worksについて
私が運営する「D4G Works」では、
デザインを通じて社会や生命の営みをより良くする実践を進めています。
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※「なんか、いいカタチしてるなぁー」を、わりと信用して生きています。
D4G Worksでは、まだ言葉になっていない違和感や感覚を、形や構造から整理する実践を行っています。
▼ 意味になる前に、身体はもう形をなぞっていた
▼ 整った形が、いつの間にか、その人らしさを消してしまうことがある
▼ 残された一本の線に、その人の癖と距離が出てしまう
