『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と福井県知事とパラノイア
前々回から、福井県の新たな県知事:石田たかと氏の発言の背景にあるものを映画で解説しております。
私は移民政策には反対です。
理由は、まず日本は単一民族国家です。
次に、私たちだけですべきことがまだあります。
最後に、国家の安全保障が大事だからです。今ヨーロッパでは大変なことになってます。もともと多民族国家でも、移民は大きな問題になってます。多文化共生は大事。でも日本人を守ることが第一です。私は移民政策には反対です。
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前回までは
相手が誰なのかボカしたままの「移民反対」はパラノイアよねって話から、それ『ロスト・ハイウェイ』の世界と似てるよねって話をしておりました。
主人公フレッドが自責から他責の世界へ逃避することで自我崩壊したこと。
今よりもっと激しい自己責任をもたらすであろう政治リーダーを選んでおきながら、おそらくほとんどの人はその自己責任の辛苦に耐える気はないだろうってこと。
そして今後、いまよりもっと他責的な、もっとパラノイアな世界が求められるようになるってこと。
どんな世界になっていくんでしょう。
なんか不安ですよね。僕もとても不安です。
身構え心構えのため、今回テーマにする映画は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』
この映画は「面白くない以外は完璧に面白い」って評価を公開時の2007年にどこかしらで目にしまして、僕はその表現すごく納得がいったんです。
いや、面白いと思ってるんですよ。鳥肌の立つ圧倒的な面白さの158分です。時間があっという間。圧巻です。 だけど
「面白くない」 。
すごく面白いのに。
なんでしょうこの気持ち。
どう説明すればいいのやら。
血に染まっていくパラノイア人間
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』日本語で訳すなら ” やがて血に染まる” とかそんな感じでしょうか。タイトルからして不穏ですね。
この映画の何が「面白くない」か
幸せそうに笑う人間が最後まで一人も出てこない。満足げな人間が一人もいない。最後まで重苦しい緊張感が続く。
そんな理由も確かにあります。
だけど何よりそれより、ダニエル・デイ=ルイス演じる主人公プレインビューという男が「破綻してる」ってことに尽きるのでは、と思います。
破綻してるが故に「良く分からない」行動をする。必要もないのに過剰な憎悪が噴き出てしまう。憎悪を口にするが、本当は裏腹な自分の本心を決して見ようとしない。
常に猜疑心の塊のパラノイア人間。
観客は彼のセリフや行動に撹乱されて、理解できず置いてけぼりになる。そこにこの映画の「面白くなさ」があると思うのです。
肝心のストーリーですが、大枠は
強欲に自身の身を焼かれる、破滅の物語。
舞台は20世紀初頭のアメリカ。
偶然にも石油を掘り当てることに成功した男、プレインビューの一代記が描かれます。
彼は次から次へと油井の開発を手がけていきます。食い詰めた牧場主などを言いくるめては口八丁手八丁、あっちもこっちも土地を買い叩き、ケチな金で巨万の富を生んでいきます。
彼には心を許す人間がいません。仕事仲間はいますがそれだけです。妻もいません。親兄弟もいません。唯一の家族は引き取った孤児のH.Wひとりきり。
「私は人が嫌いだ。その人を見ただけでその悪が分かる。人の最悪な部分が見えるんだ」
ところがプレインビューの行動に戸惑わされて、映画は素直に進んで行きません。
例えば「第三の啓示教会」という胡散臭い宗教団体を運営している若き牧師イーライとの関係。
イーライは自分の教会へのバックアップと引き換えにプレインビューの油井開発に力を貸します。
プレインビューはこの牧師のことを異常に邪険に扱います。軽んじます。悪態を尽きます。
石油の採掘には彼の協力が不可欠なのに、そのイビリ方は常軌を逸しています。
何故そこまでやるのか、観客には理由がわかりません。
「教会に寄付する約束の5000ドルを早く」と催促するイーライをビンタし、蹴倒し、泥の中を引き摺り回してぶん殴る。
これ、約束の金を払わないプレインビューが悪いだけなんですよ。
なんで殴るのさ?
殴る前にもうちょっとこう、なんかコミュニケーションないの?って思うんですが。
大金持ちになったプレインビューですが、その表情はいつも不満げです。
辛く悲しそうです。
やがて狂気もはらんでいきます。
石油マネーで建てた豪邸にこもり、実弾で家具を狙い撃ち、一人きりで射撃大会なんかをやってます。
かと思えば、彼の実弟だと称する詐欺師をなんでか信用し、仕事のパートナーにしたあげくやっぱり怪しんで、結局最後には顔を撃ち抜いて殺したり、埋めたり、孤独の苦しみに身体を捻じ切るようにて泣き悶えたりします。
唯一の理解者の息子H.Wにも過剰な憎悪をぶつけ、縁を切ってしまいます。
「土地を買い占める時の小道具として育てただけだ。このろくでなし!」
あの牧師イーライにも怒りを爆発させます。
世界恐慌のあおりで資産を失い、借金を申し込みにきたイーライを愚弄し、怒鳴りつけます。
「お前の説教や祈りが何の役に立った?お前など偽預言者だ。俺こそ” 第三の啓示”だ!」
プレインビューは自邸の地下に作ったボーリング場のレーンに彼を突き飛ばし、めちゃ重いボーリングの球をどっかんどっかん投げつけていきます。
イーライが「やめてー!きゃー!」なんて叫んで逃げ惑うさまはほとんどコメディ。
何でこんな事になってんのか分からない。
何でここまで怒り狂ってるのか分からない。
分からないまま、このシーンはなに?笑っていいの?それとも怖いシーンなの?って戸惑いながらこの狂気の争いをただ眺めるだけ。
最後はついにボーリングのピンでイーライの頭蓋骨を砕いて撲殺してしまいます。
レーンに広がっていく血だまり。
そして一言。
「終わった(I’m finished.)」
は?何が終わったの?
さっぱり分からないけどとにかくすごい迫力。
圧倒されます。
なんでイーライをそこまで憎むのか
福井駅から三国港や奥越の勝山へ路線を伸ばす「えち鉄」と呼ばれる小さな鉄道があるわけですが、先日この車内で独り言を叫ぶおじさんを見かけまして。
なにを独語してるかというと
「外人ばっかじゃねえか!
外人は出てけよ!◯◯人ばっかだ!」
とまあこう言うわけです。
この独語おじさんと、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』のプレインビューは同じなんじゃないかなと思うんです。
本来正面から見るべきことから目を背けてるというか。背けざるをえない状況に追い込まれてるというか。
2両編成のえち鉄の車内におじさんの言葉が響き渡る。車内には外国籍であろうお客さんもおり、なんとも居心地悪い空気に。
すると隣の車両に移動した独語おじさん付近で揉め事的な声が。。。
おじさんのひどい言葉に我慢できなくなった一人の乗客が「そんなこと言うな!恥ずかしいヤツだな。やめろ!」と強い口調でたしなめたわけです。
胸がギュッとする光景でした。
おそらく、独語おじさんは外国人によって嫌な目には遭ってない。それどころかもしかして外国人を憎いとも思ってない。
ただただ、おじさんの心中に大量の不安が吹き荒れている。自分では処理しきれない不安に頭が占領されている。
たしなめられたおじさんは、さっきまでの大声で言い返すこともしない。そのまま大人しく次の新福井駅で降りて行きました。始発の福井駅の隣。
たぶん自分が降りる駅じゃなかったと思います。
雪のなか、ひとり次の電車を待ったのか。
それともいっそ歩いて帰ったのか。
その時どんな気持ちだったんだろうか。

イーライを目の前にしたプレインビューもまた、キツくたしなめられた独語おじさんのような気分だったんじゃなかろうか。
直視すべきものから目を背けているプレインビューとイーライは同類の人間だから。
プレインビューがどれだけ金を儲けても空虚なのと同じく、イーライもまた自らの信仰など最初から信じておらず、神など嘘っぱちだと思いながら信徒を騙してる空虚な人間だから。
「お前なんぞドリルで穴を開けて石油みたいに全部吸い取ってやる」とプレインビューは怒鳴りつける。
お前は空っぽだ!
その言葉はすべて、鏡のような存在であるイーライによって、プレインビューに跳ね返ってきます。
だからイーライを毛嫌いするんじゃないでしょうか。だからイラつく。ぶん殴る。
いっそ殺してしまおうかと思う。
唯一の家族、H.Wに「お前は息子じゃない。俺と血の繋がりなんかない」と悪罵をぶつけながら、プレインビューは “助けてくれ助けてくれ” とどこかでは懇願してたんじゃないかと思うのです。
空虚な自分を救ってくれないかと。
決別のあと、まだ幼い頃のH.Wとプレインビューの笑顔の交流が、ほんの数カットだけ挟まれます。なんとも切ないシーンです。
荒涼とした一人きりの背中
福井県の新知事、石田たかと氏は県知事選の直後に「単一民族発言」を訂正。
「移民反対」については反対とも反対じゃないとも明言せずにボカシにボカシまくり、ほとんど対話になっていない会見を記者との間で繰り広げました。
同じ外務省出身の作家、佐藤優氏は以下のように論評しました。
外務官僚が「単一民族国家」なんて事実誤認をすることは有り得ない以上、選挙に当選するために有利とみての発言だろう
発話主体の誠実性に欠ける人物であっても、県知事に当選できるというのが、日本の民主主義の現状
石田知事は、「移民反対」の「移民」という表現については、特定のカテゴリを指してるわけではなく、「すべて」を指しているとも発言しています。
まさに相手が誰かボカしたままの「移民反対」
前途有望な35歳、元外務官僚というキャリア。
13万4千票の信任を受けた若き知事にとって、「移民反対」は票集めのための手ゴマの一つってだけなのかもしれません。
でも、えち鉄の独語おじさんにとっては違う。
おじさんにとって「移民反対」は必死ですがりつく頼みの綱です。必死でありながら、中身のないボヤけた救いの手。だから
不安渦巻くおじさんの心はずっと救われない。
おじさんは今もどこかで外国人への呪詛を叫んでいるでしょう。根拠不明な「敵」との無限に続く虚無の戦い。底なし沼。
「終わった」とつぶやくプレインビューのように、一人きりのおじさんの背中は荒涼としています。
これはどうにもやり切れんなと思うのです。
<続>
映画の源となった1927年発表の小説
アプトン・シンクレア 著『石油!』
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