8bitのFINAL FANTASY3の映像表現と、狂言の「何もない空間に表情をつけて観客に想像させること」の共通点
はじめに
ドラクエとは異なる国産RPGとして『FINAL FANTASY』(1987年12月18日発売)が登場。以下、FFと略す。FF2はすでに記事を書いているので、よろしければご覧頂きたい。あの頃、小学生だった。
子どもの頃の記憶
FF3は、風水師の「風水」が分からず、友達にたずねた記憶がある。「ベルを持って、地形で戦うの」と教えてくれた。大体あっている。
魔剣士を使うヒントを読み落とし、攻撃すると増殖する敵をどう対処するのか、困りあぐねたことと、魔剣士を使えば解決することを理解したことは、とくに強く覚えている。
何をしてもダメで、魔剣士で出直したら解決した4人の光の戦士がそこにいるかのように、リアルにイメージできる。

空間に表情をつけるという哲学
この動画で野村萬斎さんが語られる、何もない空間に表情をつけて観客に想像させることは、8bitのファミコンでFF3を演出する上で、徹底されている。
例えば飛空挺の速さや大きさの違いから、我々は油や煙の匂いや木の質感までイメージすることができる。そして、水の中や、大型飛空挺が山を越えるなど、演出はさらに想像をかき立てる。

ピクセルアートで描かれたキャラクターの動きから、歩いたり走ったり、戦闘で魔法を使ったり、ボコボコにやられてぐったりしているなど、多くの「表情」を感じ取ることができる。


8bitの技術的な制約があるからこそ、こうした共通点が生まれたのだろう。
大人になった今の視点

子どもの頃は、強い武器防具を装備すれば強くなると思い込んでいた。実際は、魔剣士必須な洞窟を除き、前衛の最高の称号である忍者になるまでは、空手家が物凄く強い。空手家3人で吟遊詩人で歌えば、大体勝てるくらい強い。MP0で敵全体へ無属性範囲攻撃を行える。
ドラクエ10の魔法使いのように、遠距離から強力な攻撃を行える。MPの制約無しに。こんな型破りなジョブを実装して、バランスが壊れなかったことが凄い。
ジョブシステムは、ファミコンでここまで作り込んだことに驚く。さらにスーパーファミコンで洗練させたFF5や、現代のドラゴンクエスト10と比較すると、FF3は後から出てくる職業に乗り換えていく設計だから、過程のジョブの熟練度の扱いが惜しい(労力が無駄になる)。
例えば、吟遊詩人が優秀だから、賢者のような後衛職のスキルと組み合わせて遊びたいが、それはファミコンの8bitでは困難なのかもしれない。
最初の完成ということ
FF3は、FF1とFF2を踏まえて、FFとは何なのか、FFを通してプレーヤーに何を想像させて、どんな体験を提供できるのか、ファミコンで行えることをやり切っている。
だからFFはファミコンの段階で、確実に進化し、国産RPGの代表の一つになった。
おそらく、ファミコン最後のFF3とスーパーファミコン最後とドット絵最後のFF6でそれぞれに完成している。そのフレームワークで、このピクセルリマスターシリーズは統一されている。
この歴史の上に、FF7が生まれた。



DQやFFと共に大人になり老いていく
FF13は遊んだものの、FF8は忘れている。FF9,10,11,12,14,15,16は未体験である。映像志向のFFはハイエンドの環境が必要。けれど、私は任天堂Switchで重くない程度のゲーム性を楽しめる作品を求めている。DQXが遊べるのだから、FFの新作はクラウドゲーミングにしてもらいたいくらいだ。
だがSwitch版の作品もあるから、少しずつ旅を続けたい。中高年になった今だから、気がつけることもあるだろう。あの頃と変わらない、チョコボの黄色いふわふわした後頭部を撫でるような気持ちで。

関連note
部活動
プロフィール
無料キャンペーンは終了していますが、全てKindle Unlimitedで読めます。
Audibleではお休みしてます。FFの曲も聴きたいから。
英語の取り組み
How to Learn Sun Tzu’s Art of War for Free and with Ease
Master Strategy, Tactics, and Systems Thinking
The Most Important Thing I Learned About Apologies from a Call Center
いいなと思ったら応援しよう!
ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。