クオリアの話2 : 機能と経験
トラガラ、日本語で話せって記事でしたね。
機能と経験を切り離せるのかという問いを考えてみました。
答えはNoです。
①ピアニストさんの場合
指だけある状態(機能)
攻殻機動隊的に脳と脊髄だけの状態(経験)
ピアニストにどっちがいい? って質問したら、怒られますよね。
人の尊厳に関するし。
②蛇の場合
とぐろをまく状態(機能)
獲物を飲み込んだ状態(経験)
これも、蛇死んじゃうはずです。
③なぜクオリアは機能と経験を分離できるの?
哲学的ゾンビ(てつがくてきゾンビ、英語: Philosophical zombie、略: p-zombie)とは、心の哲学で使われる言葉である。物理的化学的電気的反応としては、普通の人間と全く同じであるが、我々の意識にのぼってくる感覚意識やそれにともなう経験(クオリア)を全く持っていない存在と定義されている。
これ定義が怪しくないですか? 少なくとも、ピアニストと蛇の例では無理に思えるけれど。
クオリアはあるかもしれないけど、主観的な経験であり機能も必要なのではないかなあ。
いいなと思ったら応援しよう!
ここまでお読み下さり感謝。各種SNSでのシェアも励みになります。非営利の取り組みが多いため、チップのご検討、助かります。