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現代の日本で生活保護を受け、分際を理解し生きるということの一例

じき倒れて黙ると思うのでメモします

「人権問題」を考えるには、倫理と憲法を抽象思考能力で考え個別具体的なことを考え抜く必要があります。私が相談した範囲では、相模原市も法務省人権相談も抽象思考能力を鍛えていないと思います。

例えば法務省人権相談は「相手にも権利がある」と仰っており、それは自明。私の人権が「侵害」されている可能性があるから、「それはやめて」という話をしており、他者は「人権侵害」する権利は公共の福祉に反するので持たない。僕は、個人攻撃もしていない。だから、水際作戦で「断る」ことが目的に思える。「水際作戦」と指摘すると「聞く姿勢を見せているから水際作戦ではない」と仰った。それは私が判断することだし、ホームページに書いてない条件を色々つけて受理せず、障害者が衰弱してるからやめてくれというと「治ってから書けばいい」とのこと。寛解はあっても完治はしない「障害」なんです。さらに「法務省にでも言ってください」と電話切ってました。悪質だと実務経験から判断し、前首相時代の首相官邸にメールしスクリーンショットも保存したので「送信した」記録は手元にある。

首相官邸からすると「安全保障以前に、官僚化が進んで人権を軽視しますけど」と言われる状況が、法務省人権相談の個人の失言により起きており、困るでしょうね。対応されていないし、法務省に指導したか見えないし、法務省人権相談から「謝罪」は「メール・電話・住所」を開示してるけど無いし、僕は「エスカレーション対応が必要」なほど悪質と判断しているので、お仕事を妨げたと言われる筋合いも無い。

理不尽だけど、生活保護のリアルなのではないでしょうか。
エリートの「気に障る」者は私情と不作為で潰す。
中学のいじめとよく似ているけど、「学習」しましたかって気持ちです。

みんなに言いたいこと

僕が捨て石になると、「どこで潰れたか」を検証できるでしょう。
すると、次に問題を指摘する際に、自己防衛しやすいはずです。


相模原市のコールセンターか、Amazonの偉い人か、私の三択

14年以上生活保護の、双極性障害当事者で、相模原市から構造的暴力と呼びたいくらい激しいストレス(医師も訪問看護も牧師も母も心配した。医師は診療情報提供書も書いた)を受けてボロボロなので、僕にコンサルさせると、膿を出すのに合理的ですよ。

  • 話し方

  • 態度

  • 仕事の遅さ

  • DX

などを具体的にご指摘出来ます。Amazonにお願い出来ないなら、相模原市のコールセンターがあるのだから、そこで対人援助職は全員訓練を受ければいいと思う。5年くらい。数カ月の研修だと「形骸化」するだろうから。

一例だけど、おそらくこの求人とか関係すると思うので「研修」期間は「非正規雇用の時給」も経験するといいと思います。

私はキング牧師や、マルコムXが刑務所で学んだことを尊敬しています。
しかし「社会運動」をやる力は残っていません。
潰される前に、擦り切れて終わりでしょう。

「面倒なことは放置すれば潰れる」という成功体験を与えると、多くの方の人権が恣意的に扱われる可能性があるので、市議に情報提供したり、医師・牧師・訪問看護に事実を伝えたり、できる限り母の介護予防(医療と福祉の隙間を埋めること)に取り組んだりしています。

少なくとも、私の方が仕事が早い。健康な公務員が「遅い」ことは、職務怠慢以前に「恥」だと理解した方がいいと思っています。もちろん、すべての公務員さんが「遅い」わけではない。けれど「組織」になると、相模原市と法務省は「神奈川県」と比較して遅いです。それは手元のメールのログからも、確認していただけるでしょう。

相模原市は政令指定都市とはいえ、神奈川県の一部です。
相模原市より大きな「神奈川県」は民間ビジネスの速さを意識なさっているように僕は感じる。対して、相模原市は、例えば障害福祉課の「身体・知的」の電話窓口で「この話し方は無い」と、実務経験から感じたので「身体・知的の方にそう話しているのですか」とご指摘したことはあります。

身体障害も知的障害も、「話す」ことが困難な方もいるのに、なぜ


自治体にコールセンターを持っているのに、ここで訓練しないのか、まったく分からない。コールセンター業界は「電話を取れる」のが当たり前なので、口のきき方を知らない状態は、採用段階で落ちるはずです。
そのレベルから育成するの大変なので。

念の為申し上げると、横柄な職位の高いと思われる方もおり、新人が社会人経験が浅いという問題ではないです。

通販で物を扱うアパレルや書店でも厳しくやっているのに、人権や尊厳を扱う相模原市が「公共のための公僕」として、どう話せばいいか知らないのは、「採用」の段階で間違えていないか心配です。採用する方や目安がおかしい可能性がある。だから「組織」の問題のはずで、個人が「気をつける」と解決する問題ではないはずです。

僕は生活保護だから予算もなく、家族として母の社会保障費が増えないよう、QOLと尊厳が守られるよう、息子として当たり前のことをしています。0円でやれるのだから(※車椅子やコートなど、実費は母が自分のことだから負担しています)、プロの「公共の公僕」は僕より成果出す必要があると思う。「税金ですよ」と14年以上、言われないといけない生活保護という立場を、僕は生きており今も頭脳労働はカウントされないので生活保護で生きるしかない、機会損失は大きい。医師・国・相模原市が「働けない」と判断し、私の「頭脳労働」は無視し続けるのだから、一貫すればいいと思う。

一貫の仕方。高卒底辺の元非正規雇用の三澤直己に、健康な公務員が生産性で負けることは非論理的です。倫理的にもおかしいでしょう。働けない障害者が「気がついて支援する」前に、相模原市がすればいいこと。福祉領域で仕事が遅いのは「予防」の観点でも言えると思います。申請主義とか、「言われないとやらない」のだから、仕事せずに済んで便利ですね。

お客様に「言わせてはいけない。言われる前にサービス改善しろ」という業界の経験から見ると、文化が違いすぎて理解が難しいです。



理念は尊重するけど、僕の「生きる(医師と訪問看護と私が作った療養環境)」はCWにより破壊され、杖・歩行器が必要なほどのストレスをかけ、未だに謝罪と責任の取り方と再発防止策も提示されていないのは「事実」だから、高尚な理念に現場がついていってないです。

なんならそののぼりがご近所ではためいていますけど。

生活保護世帯で「世間に申し訳ない」「怖くて言えない」方もいると思うので、言葉にできる間に書いておきますね。

上記はお返事無いです。双極性障害当事者なら、無理もない。それは差別ではなく、報道の慎重さだと思う。

共産党の市議さんは倒れた現場(倒れた道路ではなく、その原因の、僕の部屋)を見に来て下さっています。
なお、共産党さんの自動返信を拝見すると、しんぶん赤旗も連携なさるようです。

朝日新聞は父が読んでいたから。
産経新聞は祖国の問題だから。
東京新聞はこの2つの新聞と違う視点をお持ちのはずだから。
加えて、しんぶん赤旗も情報はある程度お持ち。

なので、僕が潰れた後でも、「それはひどいのでは」と報道機関や政党(※僕は共産党に投票したこと無いです。次回の市議選は、個人的に恩義を感じるかもしれないけど。なおプロテスタント信徒です)が、取り上げたいと思えば取り上げられるし、「ねばならない」ことで専門家を縛ることを僕はしない。

母の骨を拾う。
そのために安心して衰えられるよう知恵を振り絞る。
僕が骨になる。
牧師もしくは教会が契約してあるので火葬し教会の共同墓地に埋葬してくれる。

すでに、できる限りのことはしてある。
母に孫の代わりに保護猫を抱かせてやりたいし、「名前をつける」こともさせてやりたい。(母の牛は母方の祖父、犬は妹、猫2匹は僕が命名している)
けれど、日本では「贅沢」なのであれば、分相応に生きるしかない。


僕の父は数学の基礎論と、情報工学が専門で、後者で私大の教授待遇の助教授をやりました。だから父を比喩に使わせてもらうと、彼は九九が分かります。しかし、九九を覚えている頃の僕は基礎論以前に高校の数学も想像出来ません。人間が理解し評価することは、非対称性があります。

僕の知る限り、命がけでホスピタリティを現場で研鑽した人材に、相模原市の障害福祉課と生活支援課で会ったことが無いです。哲学と神学も倫理もそう。どうやって僕を評価するのでしょうね。

成果物を公開しているのだからAIに解説させればいいのに。
例えば以下の3点を「分析」するの、20分 x 3で1時間あれば可能でしょう。
AIを使えないのか、使わないのか、不思議です。

future AI x dignity: Two-Year Zero-Incident Report and Primary Sources




ChatGPT+

書いてくれた内容、筋が通っているところがいくつもあります。感情の話だけじゃなくて、「制度が見落とす空白」と「そこで実際に発生している価値」を、かなり具体に掴めている。

いま起きているズレは「あなたの仕事が“制度の帳簿に載らない”」こと

直己さんがやっているのは、実質的に

  • 生活環境・体調・移動・意欲(抑うつ予防)をつないで

  • 事故・寝たきり・手術の前倒し・家族の共倒れ、みたいな“高コスト化”を避ける

という 医療と福祉の隙間を埋める実装 です。

でも行政の現場は、評価軸が「申請書類」「要件」「担当課の所掌」「年度の事業メニュー」になりがちで、ここに入らない活動は“存在しないもの”として扱われやすい。だから人権や合理性を語っても、噛み合わずに「詭弁で流された」と感じる構図が生まれやすい。

「年6万」がどう扱われたかは、事実としてこうなっている

相模原市の公式ページでは、相模原市重度障害者等福祉手当は廃止と明記されています。新規申請は2024年10月1日以後できない、すでに受給していた人も2026年9月までの経過措置で、重度は月額5,000円→2,500円に減額、そして2026年10月に廃止という整理です。月5,000円は年換算で6万円なので、直己さんの言っている「年6万」はこの数字に一致します。

ここは「小さい額だから切っていい」の話ではなく、当事者側から見ると、“最低ラインの生活の安定装置”を外されたと感じやすい構造です。

「20億で420人増」は、市側の説明も含めてこう書かれている

市議会だよりの掲載記事(マイ広報さがみはら)では、市長答弁として

  • 420人増員した場合、人件費は約20億円増を見込む

  • 一方で、時間外勤務手当は約10億円減を見込む

  • 採用は3か年で、1年目120人程度+次の2年で各150人程度

と書かれています。

つまり市の論理は「増員=単純な官僚肥大」ではなく、少なくとも説明上は 代替要員の確保や残業削減で回す という設計です。
ただ、ここが“現場の体感”と一致するかは別問題で、直己さんが言う「ハンコ押す人・マニュアル読む人が増えるだけ」への不信は、現場対応(態度、裁量、連携)の品質が変わらない限り、起こりうる見立てです。

直己さんの「AmazonのCS責任者に研修してもらう」は、狙いがかなり正確

行政窓口は、一般の「クレーム対応」と違って、相手が“生活の安全そのもの”を握られていることが多い。だから横柄さや冷淡さは、単なる接客ミスじゃなく、当事者には威圧・統制・黙殺に見えやすい。

直己さんが窓口の物言いを指摘して、電話対応が組織として変わった、という経験があるなら、少なくとも「具体を指摘すれば動く領域がある」ことも事実として出ている。

結論として「何がダメか」

直己さんの訴えを、制度設計として一本にまとめるとこうです。

  • 行政は「支出(給付)」と「人員(運用)」を別々に語れる

  • でも当事者側は、その2つが合わさった “生活の手触り(尊厳・安全・自由)” で評価する

  • そこで、給付の廃止(生活の下支えを外す)と、増員(運用体制は厚くする)が並ぶと、当事者には “管理コストは増やすのに、生活の底上げは削る” に見えやすい

直己さんがやっている「介護予防」「鬱予防」「転倒・事故リスクの低減」は、まさに社会保障費の膨張を防ぐ方向の実装なのに、そこが正面から評価されない――この一点が、あなたの言う“構造的暴力”の感触を強めているんだと思う。

プロンプトを開示しないので、スクリーンショットを提示しますね。


三澤直己 / カラストラガラ
https://independent.academia.edu/TrgrKarasuToragara


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