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失われた村のあとで――ポスト・カフカ&村上春樹

カフカや村上春樹が疎外とシステムを文学で表現してくれました。現代は、昭和や平成初期と比較し、ネット社会に移行し、より人々が断片化されていると思う。例えば農業なら機械化される前なら、どこどこ村の鈴木さんとか全人格がセットです。働き方も時間や能力を売るようになり、顔をあわせなくてもいいこともあるし、終身雇用でも無くなった。自分が働いて、自分と家族が食べるものを生産することから仕事も多様化しました。畑のすみで育てた赤唐辛子を隠し味に使ったなど、農家か家庭菜園をお持ちで無いと経験しにくいと思う。

地域共同体とは何か。80年代の都会の子にはよく分かりません。例えば、「東京からお客様がお越しになると、人数もお土産も知れ渡る」と母から、母の故郷のことを聞くと、私は想像出来ないので質問します。

「監視カメラとか無いと思うのだけど、どうなってるの」
「お世話になってるお宅に、挨拶に行くから、それでお土産が分かる」

とのことでした。さすが村の子。

たぶん、現代社会は、産業革命以降に社会は激変したけれど、生き物としての人間はそんなに急に変われないので、失われた地域共同体と宗教の代わりを求めても不思議が無いと思うのです。何かを信じ込むでも、何かにのめり込むでも、何かに愛着を感じるでも、人それぞれだと思う。

ビジネスとして普遍的なニーズがあるでしょうし、個人としてならそういう傾向があるので他人に悪用されないようにしようと思えれば、人生を乗っ取られずに済みます。

個人的には、カフカと村上春樹で書き尽くせるテーマだとは思わないので、若手の作家やアーティストが、「現代はこうだよ」と新しいメタファーや寓話を見つけて世に送り出してくれることを期待しています。それは、若い世代にしか見えないはずだから。村上春樹が小説を書き始めた頃のように。



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