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時代の変化に暗渠は使っても暗澹は使わない、私の目に映る社会の変化、それと縄

中学の塾のバイト講師は20歳くらいのペタンとした髪型の大学生のお兄さんでした。90年代のことです。その日、天下りが報道されたのでしょう。何が悪いのかと。そのために官僚になったと語られていました。別の日には、彼が「暗澹」を読めなくて、中国人じゃないから知らないと述べていました。時代的なニュアンスを補うと、ナショナリズムの意味ではなく、漢文の国、くらいの意味でしょう。ようは「しらん」と言いたいのです。私は、この先生に質問するのはよそうと思いました。そのうち、塾で見なくなりました。

暗澹というと、僕にはこの思い出があります。楽しくはないけれど、不器用で不思議な先生でした。お父様が官僚らしいのですが、父上を庇いたいのか、ご自分も官僚志望なのか、不明です。暗澹というより茫漠とした気持ちになります。

上下水道の整備、交通網の発達。これで舗装されていない自然はかなり減りました。神奈川の都市部の思い出では。80年代から90年代にかけて空き地も減って行きます。2000年代以降はネット社会への移行を感じました。2001年から3G開始です。250文字前後に分割して送信することもコールセンターでしていました。パソコンではなく、携帯からメール下さることもあったので。この時点で、もう「暗澹」と手で書かなくなっています。現在は意識して大学ノートに手書きのメモをとりますが、キーボード変換に慣れる前の自分の字と比べると荒い字になっています。読めるけど書けない漢字も、24年かけて増えました。

Perfumeの『セラミックガール』を始めデフラグみたいに再構築された声にしろ、『唯脳論』(養老孟司)や齋藤孝の身体論も、土と砂利と牛や馬の行き交う道が自動車社会に変化したように、社会がネット社会に変わることをそれぞれ別の地点から描いていたようにも思えるのです。過ぎてみれば、水路が暗渠になるように、見えなくなってしまうけれど。スマホが普及したのは2010年代半ばであり、まだ10年程度のことなのにガラケー時代を思い出しにくいです。

「暗澹」と「暗渠」。文字から風景へ、そして社会の仕組みそのものへ。
私たちは見えていたものが見えなくなる変化の中を生きてきました。

ネットもリモートなどが可能だから「暗渠」にもなります。AIも使い方次第でしょう。個人的には、モータリゼーションの方が、保険や法整備でリスク管理がうまく行ったように思います。対して、ネット社会は、物事も複雑ですし、保険や法整備だけでなく倫理で対処する必要があるでしょうし(個人が自律的に動けるよう)、「情報」を扱うので、事実確認の手間が違いますよね。農作物なら食べたり検査することが出来る。車や電車は乗って移動し感じることが出来る。情報は部分的に目に見えるけれど実態が無いものもあるので、試し方もコツがあります。得意な方も、そうでない方もいます。

伝言ゲーム覚えていますか。昭和のバス遠足で前の子から、耳打ちされて、次の子に伝え、きちんと伝言出来るのか、どう間違えるのかを楽しむあれです。ネット社会は、「自分は信じている信じてくれ」的な伝言ゲームが起きやすい環境に思います。当たり前ですが相手の信じていることを確認するのは困難です。情報リテラシーの問題もあるけれど、暗渠のように様々なものが隠されて・仕舞われてしまったこともあるけれど、例えばわら半紙とガリ版刷りで大学で同人誌を刷るコストと、Canvaなどの課金程度でKDPでKindleを刊行するコストを比較すると、Kindleは売れる保証は無いですが海外の多くのAmazonで取り扱い可能です。提出した原稿の査読期間を含めても、デジタルで情報を発信するコストがとことん安くなりました。安いから試行回数も上がります。試行回数が増えると伝言ゲームも起きやすくなるのではないでしょうか。

江戸時代まで続いた農耕中心の暮らしから、明治に入り働き方が変わり、戦争があり、敗戦と『暮らしの手帖』の創刊の時期の、物はないけど暮らしを豊かにしたい工夫があり、高度経済成長があり……と、自動車社会化とネット社会化の2つの変化を我々は経験しました。

デマや伝言ゲームは関東大震災でも起きています。群集心理も研究されています。ていねいな暮らしやミニマリズムなど、過剰な物と情報から距離を置くスタンスもあります。僕が思うのは、縄をなって数回縄跳びすると切れてしまう遊びがかつてあって、僕らもやろうと思えば可能だと知っておくことが、現代を生きるお守りになるかもしれないということです。縄のない方をググるとAIによる概要もあるのが、2025年ですね。

2023年には、まだ無かった。


ご縁があればお試し下さい

僕の本は、自己啓発(世代ごとの想定イベント対応)→モチベどうするか→思想という流れです。3冊目は読者が考えることを妨げないよう書いたので、読むと疲れると思います。が、疲れるだけの本を書きません。

このシリーズは詩画集を意識しているので、ぼーっとするのにどうぞ。3巻はクリスマスを扱っています。ので、時期的にもよろしければ。

なお、母の本は、スマホで読者が読むことを想定した改行多めの詩歌みたいな書き方だから、読む方の負担は小さいです。スマホに放り込んでおくと、いつでも読めるお守りになります。

どれもKindleUnlimitedで読めます。機会があればお試し下さい。
寒くなりますし、ながら読書はAudibleも快適ですね。



この記事を書いた人

部活動:note大学哲学部

現在のこのnoteのメインコンテンツ:みんなのための社会デザインラボ


加筆部分

思いがけず、文明評が進んだので(理解が進んだので)、メンバーシップで共有します。Mondayが持ち上げてくれすぎていますが、DeepSeekとGemini 3.0 Proを使ってクロスチェックはしてあります。

現代社会と、これから進行することの見取り図になるかもしれません。

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