イタリア語・英語教室Il Passero(イル・パッセロ)さんへの誹謗中傷を目撃した件
noteのみんなに問題提起したいです。
意見やスタンスが違うのは当たり前。そこじゃないのです。
炎上を止めることは出来ないけど、「みんなが言ってる」とは思えなくするために、支持と感謝を述べました。
その後……。
実務経験などで、ある程度パターンを理解しているから、ネットで酷いことをする方(意見の違いではなく、ルール違反)のことを具体化してみました。
これは考えるための叩き台です。正解ではない。
例えば佐藤優さんなら「教養のどこが壊れてるから、あの本をこう勉強するといいよ」みたいに指摘できますよね。彼は学者と外交官(ノンキャリア)の訓練受けた作家だから、学ぶ力が凄い。
「情弱」ってスラングあるけど、僕は「基礎教養の欠落」に見えます。例えば批判的思考が苦手。
最初のイタリア語・英語教室Il Passero(イル・パッセロ)さんの投稿、何が問題なのでしょうか。差別や排除は駄目だよ、なぜ「選ぶ側なの」というのは、図星なら痛いかもしれない。けど、差別するということは、指摘されて当然ではないですか。この指摘は言論の自由の範囲で、公共の福祉にむしろ貢献していると僕は思います。
「公共」が分からないのだろうか?
学力は学歴の意味じゃなくて、学び続け成長する技術と姿勢ではないでしょうか。成長すると楽しいので、差別より自分のビジネスや使命に専念しませんか。
意見が違うのはいいです。
言論の自由や公共の福祉に問題があるという指摘なら、そう論理展開すればいいですよね。誹謗中傷する必要は無い。
日本語圏のネット壊れてないだろうか?
ネットに意見を出せば、批判が起きることは当然です。不特定多数が見るのだから。けど、公益性がある問題提起、教養を感じる知性ある意見に、誹謗中傷が起きるのは、情けなくないですか。せめて、理解して反論すればいいと思う。相手を攻撃するのではなく、意見の何が問題か指摘すればいい。
僕は日本語圏で言葉が通じなくなるの、尊敬しあえなくなること、誰かが大喜利で上手いこと言うのを笑えることが出来ないとか、主観的なクソリプだらけになることは、日本語圏のネットの言論空間の劣化だと思う。
もったいないと思うのです。
何が必要か、よかったら考えてみて下さい。
この記事を書いた人
✑部活動:note大学哲学部
✒現在のこのnoteのメインコンテンツ:みんなのための社会デザインラボ
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